第501話 何処から来たの?
先ず俺たちが向かったのは、ミーファたちがトントバーニィと最後に別れた場所だ。
「この辺かな……」
ニーナちゃんから聞いた手がかりを元におおよその見当をつけた俺は、ご機嫌に尻尾をフリフリと振っているロキに尋ねる。
「なあ、ロキ……ミーファたちと別れたのはここら辺で合ってるかな?」
「わん!」
俺の質問に、ロキは元気よく「合ってるよ」と教えてくれる。
「そうか……」
ロキからお墨付きをもらった俺は、立ち上がって周囲をぐるりと見渡す。
そこはマーガレットさんが管理する畑を遠くに望むことができるが、それ以外は何もない見渡す限りの草原が広がっている場所だった。
「それで、どうしてこんなところに来たんだ?」
キョロキョロと周囲を観察している俺に、頭の上の耳を動かして周囲の索敵をしていたシドが話しかけてくる。
「ザッと見た限り、周囲に魔物らしい気配はないぞ。流石に昨日の今日で、ミーファたちと一緒にいたトントバーニィが戻ってくるとは思えないしな」
「いや、流石に俺もここにトントバーニィが戻ってくるとは思ってないよ」
もしかしたらミーファたちに未練を感じて、ここに戻って来てくれるかもしれないという希望的観測がなかったといえば嘘になるが、俺の目的はそこではない。
「実はここで、ニーナちゃんたちを守ってくれた二匹目のトントバーニィがいたらしいんだ」
「――っ、何だと!? そんな話、あたしは聞いていないぞ」
「あっ……」
その一言で、俺はニーナちゃんからこの件はシドやマーガレットさん、そしてリックさんたち大人には内緒にしていた話であることを思い出す。
実は二匹目のトントバーニィは、ミーファたちに懐いていたうどんとは違い、どうやらヴォーパルラビットになりかけのようで、下手に話をしたら大人たちによって殺されてしまうのでは? と危惧したからだそうだ。
だが、この件については俺の裁量でシドに話していいことになっているので、
「コホン、実はだね……」
既に仲間はずれにされて不貞腐れた感じになっているシドに、ニーナちゃんから聞いたトントバーニィの情報について話していった。
「……なるほどな」
俺から話を聞いたシドは、少し恨めしそうにこっちを睨んでくる。
「でも、ニーナはどうしてその話をあたしじゃなくて、コーイチだけにしたんだろうな」
「さ、さあ、そればっかりはわからないけど……多分、俺が動物と話せるからじゃないかな?」
何となくだけど、ニーナちゃんのなかでのシドの評価は、ミーファによって多分に歪められているような気がするのだが、それを言うと彼女が傷付くので流石に控える。
「トントバーニィと仲良くなれたのも、ミーファが意思疎通できたことが大きかったみたいだし、俺ならうどんを連れ戻せると思ったんじゃないかな?」
「むぅぅ……そうだけど」
「ほら、あんまり深く考え過ぎるなよ。少なくとも俺はシドのことを心から頼りにしているからこそ、こうしてすべてを話しているんだし」
「本当に?」
「本当だって、俺にとって一番の相棒はシド……君だよ」
俺はそっと手を伸ばしてシドの頬に手を当て、彼女の目を見ながら絹のようにすべすべの肌を堪能するようにゆっくりと撫でる。
毎日一緒にいるのに、こうしてシドの肌に直接触れるのは何だか随分と久しぶりな気がする。
「コーイチ……」
そんなことを考えながらシドの頬を撫でていると、彼女の頬に朱が指し、強気の目がトロンと下がってくる。
ああ、ヤバイ……そんな目をされたら、その気になっちゃうじゃないか。
「シド……」
俺は多くを語らず、シドの目を見て彼女の名前を呼ぶ。
別に何かを事前に示し合わせているわけじゃない。
「………………うん」
だけどそれだけで俺の言いたいことを察してくれたのか、シドは顔を伏せてゆっくりと頷く。
それだけ聞ければ十分だった。
俺は頬を撫でていた手を滑らせ、シドの顎下を親指と人差し指でそっと掴むと、顎を上げて少し上を向かせる。
「あっ……」
その瞬間、シドが何かを言おうとして口を小さく開くが、もうそんなことを気にするつもりなんてない。
俺はシドと鼻がぶつからないように顔を傾け、目を閉じてそのまま彼女の唇を…………
「わん!」
塞ごうとしたが、その前に少し怒ったような「ダメ!」というロキの鳴き声が聞こえ、俺の口がもふもふの毛皮にぶつかる。
…………うん、やっぱりね。
何となくこうなる予感がしていたけど、目を開けて確認すると、ロキのお月様のような綺麗な黄色い瞳と目が合う。
「わんわん!」
「ああ、ゴメン。悪かったって」
ロキから「私を忘れるな」と抗議の声が上がり、俺は慌てて巨大狼に謝罪しながらシドにまた今度、と目で合図を送った。
久しぶりのイチャコラタイムはまたしても空振りに終わってしまったが、俺は気を取り直してここに来た目的を話す。
「ニーナちゃんによると、二匹目のトントバーニィは、何もないところから忽然と姿を現したそうなんだ」
「忽然……というより高速で移動してきたんじゃないか? 奴等、ヴォーパルラビット並みに速く動けるんだろ?」
「うん、その可能性もあるけど、俺は違うと思うんだ」
「じゃあ何なんだよ」
「まあ、見てて」
逸るシドを諫めながら、俺は地面に手を付いて目を閉じると、アラウンドサーチを発動させる。
そうして脳内に索敵の波が広がると同時に、予想したものがワイヤーフレームのように表示され、俺は心の中でガッツポーズをする。
俺は目を開けると、少し移動して草むらを掻き分けてそこにあったものをシドに示す。
「おそらく、そのトントバーニィはここから来たんだ」
そう言いながら俺が指差すのは、トントバーニィが掘ったと思われる小さな穴だった。
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