第503話 シドの大胆な作戦
トントバーニィが仕掛けたかもしれない罠の渦中にあることに気付いた俺たちは、互いに背中合わせになって立つ。
「それで……これからどうするんだ?」
頭の上の耳をピクピクと動かしながら背中越しにシドが話しかけてくる。
「ここは一度、畑まで引くか?」
「そうしたいところだけど……」
シドの意見は尤もだが、それでは全く状況は前に進まない。
それにこうしている間にも、他者を出し抜こうとするしたたかな冒険者たちが、この森を目指してやって来ているのかもしれないのだ。
もし、俺たちより先に冒険者たちがトントバーニィたちと接敵してしまったが、その時は人とウサギの全面戦争になり、うどんという名のトントバーニィを救うことは絶望的になるだろう。
そんな事態を避けるためにも、俺たちはまだ正気でいるトントバーニィたちを冒険者より早く見つけ、何処か安全な場所に退避させる必要があった。
だから、ここで信念を曲げるのは非常に勇気がいる決断ではあるが、
「いや、やっぱりここに残ってトントバーニィを探そう」
俺は前を向いたまま背後に右手を伸ばしてシドの手を取り、左手でロキの背中に触れながら話す。
「この旅で最強の三人が揃っているんだ。少なくとも俺たちなら、こんな状況くらい簡単に切り抜けられると思うんだ。違うかい?」
「……フッ、それをコーイチが言うとはな」
「わふぅ?」
それなりに男前な決め台詞を言ったつもりだが、どうしてかシドは呆れたように笑い、ロキは「そうなの?」と疑問符を浮かべる。
「ど、どうしてそこで二人揃って素直に返事してくれないんだよ」
「だって、この中で一番弱いコーイチが言うからよ」
「わんわん」
「そ、それはわかってるけどロキまで弱いって言わなくてもいいじゃないか」
容赦ない一言にがっくりと肩を落とす俺に、シドはバシバシと背中を叩きながら話す。
「まあでも、コーイチがそう言うならあたしたちは信じて付いていくから安心しろ、な?」
「わんわん」
シドの言葉に、ロキも「うんうん」と続いてくれる。
そうして全幅の信頼を寄せてくれるのはとてもありがたいことであるが、何だか釈然としない気持ちもあったりする。
「……まあ、とにかく俺たちはトントバーニィと戦いに来たわけじゃないんだ。先ずはどうにか穏便に話し合いに持ち込めるようにしよう」
そのために、リックさんにお願いしてオリーブの実をたくさん貰ってきたのだ。
餌付けをするわけじゃないが、ニーナちゃんの話ではトントバーニィはオリーブが大好物ということなので、これが会話のきっかけになってくれればと思う。
「ふむ……」
俺の腰に括り付けられた一際大きな袋を見て、シドが何かを思いついたか、尻尾をふりふりと揺らしながらニヤリと笑う。
「なあ、トントバーニィと話し合いをするなら、手っ取り早く連中に来てもらうのはどうだ?」
「えっ? そんな方法あるの?」
「いや、ない」
俺の疑問に、シドは自信満々に首を横に振る。
ええっ……、と思わず訝し気な視線を送る俺に、シドは「まあまあ」と取り成しながら本題を切り出す。
「確かに奴等を呼び出す確実な方法はないかもしれないが、昔から誰かを呼ぶのに効果覿面な方法ならある」
「えっ、そんな方法あるなら教えて欲しいんだけど」
「わかった。任せな」
俺がお願いすると、シドは上体を反らして大きく息を吸うと、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉい!!!!」
いきなり森全体に響き渡るような大絶叫を轟かせる。
「あたしは獣人王ゲーエフの孫娘、シドだ! トントバーニィ、お前たちに話があるからが姿を見せやがれ!」
「えぇ……」
「わふぅ……」
シドが見せたまさかの力技に俺は耳を押さえ、ロキは耳を器用にパタリと揃って、呆れたようにシドの顔を見る。
「な、なんだよ……」
俺たちの表情を見て、シドは怒りなのか、それとも気恥ずかしさなのか、どちらかわからないが顔を赤くさせながら捲し立てる。
「いいだろ、別に戦うつもりはないんだから、コソコソして嗅ぎまわるより、こうして堂々と宣言した方がいいだろ?」
「そ、それは時と場合によると思うけど……もしこれで警戒して、より奥に隠れてしまったらどうするんだよ」
「その時は、コーイチが能力を使って虱潰しに探してもらうだけさ」
「ええ……まあ、いいけど」
なんとも酷い暴論だとは思うが、確かに他にこれといった有効策を思いついていないので、シドの取った行動も決して悪い策ではない。
俺が渋々ながらも了承したのを見て、シドは「そうだろう」と一人で納得しながら得意気に話す。
「ほら、今ので気まぐれなトントバーニィが現れたかもしれないから、試しに索敵してみろよ」
「あっ、うん……」
そんな都合よくいくわけないだろうと思いながらも、俺は目を通してアラウンドサーチを発動させようとする。
「わん!」
「えっ、本当?」
だがその前に、ロキが「来た!」と鋭い声で吠えて教えてくれたので、俺は慌てて目を開けてロキが顎で示す先を見る。
「うそ……だろ?」
俺の視線の先、いくつもある穴の一つから姿を現した影を見て、俺はあんぐりと口を開ける。
そこにはところどころに赤黒く汚れた毛皮を持つ、夏場でも白い毛皮のままのウサギがいた。
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