第486話 いつの日かの郷愁
どうやら壮年の男性には、俺が彼の耳に注目しているのはバレバレのようなので、俺は諸手を上げて素直に白状する。
「すみません……素直に言いますと、あなたの耳を見てビックリしてしまいました」
「そうですか……もしかして、獣人を見るのは初めてですかな?」
「いえ、初めてではないんですけど……」
「けど?」
射貫くように目を光らせて続きを促す壮年の男性に、俺はビクリと身を縮こませながら話す。
「その、俺の知り合いがあなたの耳と同じ形だったので……もしかしてあなたは
「…………ええ、そうです」
俺の質問に、壮年の男性はやや間を置いて返答する。
「…………」
…………えっ、それだけですか?
てっきり流れで自己紹介をするかと思っていた俺は、壮年の男性が黙ってしまったことに困惑する。
もしかしなくても、俺は壮年の男性の触れてはいけない何かに触れてしまったのかもしれない。
俺が狼人族であることを尋ねた途端、壮年の男性が俺に対して、明らかに警戒したような態度になったような気がする。
狼人族といえば、言うまでもなく俺の相棒であるシドと二人の姉妹……そして彼女たちの父親である獣人王の種族である。
グランドの街にいた獣人の中には、シドたち三姉妹以外には狼人族はいなかったので、もしかしたら獣人たちにとって狼人族という種族は特別な存在なのかもしれない。
とすれば、この壮年の男性はもしかして……、
そこまで考えたところで、
「あっ、オルテアさんじゃないですか」
黙り込んでしまった俺たちの空気を切り裂くように、リックさんの底抜けに明るい声が響く。
「こんにちは……あれ? もしかして、以前に来ていただいてからもう一週間経ちましたか? でも、今日は手ぶらですよね?」
「あっ、いえ、実は今日は少し様子を見に来ただけでして……」
「様子……ああ、先日の嵐があったから、心配して下さったのですね」
リックさんは笑顔を浮かべると、俺の横に立って壮年の男性、オルテアさんに俺を紹介する。
「実は嵐の日にこちらの男性、コーイチさんが偶然にも我が家を訪ねてきまして、そのお礼にと牧場の復旧作業を手伝って下さっているんです」
「……それは珍しいですね」
「ハハッ、そうですね……これまで僕の牧場では、あまりお客さんを泊めるなんてことはしませんでしたからね」
探るように尋ねるオルテアさんに、リックさんは照れたように頬をかきながら笑う。
「まあ、僕はこの通りですし、後は妻と娘、僅かな家畜しかいませんから……でも、コーイチさんは少し特別でしたから」
「ほう……」
オルテアさんが目で続きを促すのを受けて、リックさんはその理由を話す。
「うちの娘のニーナがコーイチさんたちと仲良くなったのもありますが、実はコーイチさんは自由騎士なんです」
「何と!?」
「驚きですよね? 僕も最初は半信半疑だったのですが、牧場の家畜たちが全員、コーイチさんにメロメロになってしまって……これも自由騎士の能力だそうです」
「…………なるほど」
そうしてオルテアさんが見る先は、地面に恍惚の表情で横たわっている子犬のパン君だった。
「そして極めつけは、コーイチさんと一緒に旅をしている三人の女の子たち……何と聞いて驚いてください。その女の子たちは、オルテアさんと一緒の狼人族なんですよ」
「――っ!?」
俺と一緒に旅する三人の狼人族の女の子、その言葉を聞いた瞬間、オルテアさんの目がカッ、と見開き、目にも止まらぬ速さで俺に詰め寄ってくると、そのまま俺の胸ぐらを掴んで休んでいた木に押し付ける。
「カハッ!?」
年老いているとはいえ、獣人特有の膂力に抗うことなく木に叩き付けられた俺は、堪らず肺の中の空気を吐き出す。
「……おい、コーイチといったな。一つ聞きたいことがある」
「オ、オルテアさん!?」
いきなりの暴挙に出るオルテアさんに、リックさんが慌てて止めに入ろうとする。
「ちょ、ちょっと何をしているんですか!」
「い、いいんです」
そのままオルテアさんに掴みかかろうとするリックさんを、俺は目でどうにか制する。
「……おそらくですが、ちょっとした勘違いだと思います」
「な、何を言っているんですか! 勘違いって……」
「大丈夫です。今からそれをこの方に説明しますから、無茶はしないで下さい」
荒事が得意ではないリックさんのことだから、加減というものもわからない可能性がある。
それによってリックさんが怪我したり、傷ついたりしたりすると彼の大切な家族が悲しむので、それだけは絶対に避けたいと思った。
俺は憤怒の表情でこちらを見ているオルテアさんと目を合わせると、どうにかといった様子で言葉を絞り出す。
「そ、その……手を離してもらえませんか? 俺は……何処にも逃げませんから」
「………………本当だな?」
「も、勿論です。少なくとも、俺は狼人族の力を知っているから、下手に逆らおうとは思いません」
両手を上げて降参の意を示しながら体から力を抜くと、
「…………」
ようやく納得してくれたのか、オルテアさんが俺の胸ぐらから手を離す。
途端、俺の体が自由になり、そのまま地面に突っ伏して激しく咳き込みながら、体に必死に空気を取り込んでいく。
「ゲホッ……ゲホッ、ゲホッ…………ハハッ、この感覚、久しぶりですよ」
「…………どういうことだ?」
「俺は強くなるために、普段から狼人族の女性に手ほどきを受けているんです……きっとあなたも知っている名です」
「……まさか」
「ええ、そのまさかです。その名はシド……かつてノルン城を治めた獣人王の三姉妹の長女です」
「では残る二人は?」
「シドの妹のソラとミーファです。色々あって、俺は獣人王とレド様の遺児である三姉妹と旅をすることになったんです」
「…………」
俺がシドたちの名を告げると、オルテアさんの目が、信じられないものを見るように大きく見開かれる。
……次の瞬間、オルテアさんの目から涙が溢れ出し、頬を伝って流れた。
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