第487話 秘密の子
その後、俺はオルテアさんにどうやってシドたちと出会い、ここまでやって来たかを簡潔に説明した。
「そう……ですか。あの子たちは死んだと聞いていましたが、そんなことがあったのですね」
俺を脅していた時とは打って変わり、穏やかな話し方に戻ったオルテアさんは、微笑を浮かべて深々と頭を下げる。
「コーイチさん、ありがとうございます。獣人を代表して……というのは些かおこがましいですが、改めて礼と……先程の非礼のお詫びをさせて下さい」
「い、いえ、気にしないで下さい」
正に平身低頭といった様子のオルテアさんに、俺は慌てて手を伸ばして顔を上げてもらう。
自分より年上の人間に深々と頭を下げられるのは非常に気まずいし、こんなところを誰かに見られるのも、俺の評判が悪くなりそうで困る。
それに、今のオルテアさんの態度からみるに、俺はこの人に嫌われるのは非常にマズイと思っていた。
その事実を確かめるべく、俺はオルテアさんに確信めいた質問をする。
「あの、もしかなくても、オルテアさんってシドたちの肉親だったりしますか?」
「肉親……そうですね。そう言えなくともないですかね?」
俺の問いに、オルテアさんはなんとも微妙な顔をする。
「実は私は、先代の獣人王が外遊先で遊んだ時に生まれた子でして……あまり大っぴらにするわけにはいかない立場なんです」
「えっ……」
「あっ、心配しないで下さい。母は獣人王から十分な支援を受けていましたし、私がこうして行商人になれたのも、獣人王のお力添えがあったお蔭なんですから」
「そ、そうですか」
「そうです。それに私と同じ素性が明かせない獣人王の秘密の子供は、他にもいるはずですから、私だけが特別なわけじゃないんです」
「はぁ……」
オルテアさんは気にしないでと軽く言うが、日本人の俺からすれば、隠し子という存在はドラマか漫画の世界ぐらいの話で、こうして実際に会った時にどんな顔をすればいいのかわからない。
それに先代の獣人王の子供ということは、シドたちにとっては祖父に当たる人の子となるので、確かにシドたちの肉親かと問われると微妙な気がする。
「とにかく、少なくとも私は自分が王族などとは微塵も思っていませんし、シド姫たちに自分の素性を明かそうとも思わないので安心して下さい」
「わ、わかりました」
そこまでハッキリと断言しなくても、俺としては別にオルテアさんに対してどうこう言うつもりはない。
ただ、それよりこの話を、リックさんも聞いてしまってよかったのだろうか?
「ああ、安心していいですよ。僕はオルテアさんの素性については、知っていましたから」
俺が質問するより先に、笑顔のリックさんが俺に話しかけてくる。
「それよりコーイチさん、また顔に出ていましたよ。僕がこの話を聞いてしまっていいのだろうか? ってね」
「あっ……その……すみません」
「いえいえ、それより僕としては、シドさんたち三姉妹が、獣人王の娘だったという事実の方が驚きでしたけどね」
「あっ、それについてもすみませんでした」
「大丈夫ですよ。少なくともオルテアさんが話した通り、世間ではシドさんたちの存在を知っている人はいませんから、迂闊に口にしなければ何かトラブルに巻き込まれることもないでしょう」
「はい……」
それは逆を言えば、シドたちの存在が下手に表に出ると、何が起こるかわからないということだ。
せっかく地下生活から解放されて自由に動ける身になれたのだから、三姉妹にはこれからも何者にも縛られることなく、自由でいてもらいたい。
それを守るためにも、不用意にシドたちの素性を明かすような真似はするべきではない。
そのことを今回のことで学べただけでも、俺としては御の字だった。
それにしても……リックさんがいい人でよかった。
「えっ、何です。僕の顔に何か付いていますか?」
「……また顔に出ていましたか?」
またやってしまったのか? と思うが、リックさんは呆れたように笑いながら、唇の前に人差し指を立てる。
「さあ? でも、この話はここまでにしましょうか。当事者ではない我々がいくら言ってもキリがないですし、外ですと何処で誰が聞いているかわかりませんからね」
「そうですね」
「わかりました」
リックさんの提案に、俺とオルテアさんも頷いて同意する。
それを見たリックさんも満足そうに頷くと、手を広げてある提案をする。
「さて、コーイチさん、こうしてオルテアさんに出会えたのも何かの縁です。せっかくですから、あのことを聞いてみませんか?」
「あのこと?」
いきなり話を振られて何のことかわからないと首を傾げる俺に、リックさんは指で何かを掴む仕草をしながら話す。
「昨日の夜に倉庫で見つけた謎の毛のことです。僕よりずっと長いことこの地で商売しているオルテアさんなら、何か知っているかもしれませんよ」
「ああ、確かに」
リックさんによると、オルテアさんはこの付近で三十年以上も行商をしている大ベテランで、そんな彼であれば、あの謎の毛の正体がわかるかもしれないということだった。
「……何のことです?」
「実はですね……」
怪しむオルテアさんに、リックさんは倉庫付近で謎の穴をみつけたこと、そして中で何者かわからない白い毛を見つけたことを話した。
これであの毛の正体がわかればいいのだけれど……、
期待と不安が入り混じった表情で、俺とリックさんはオルテアさんの解答を待つ。
そう思っていたが、オルテアさんから返ってきた答えは、思わぬ一言だった。
「その白い毛は……おそらく白い災厄と呼ばれるウサギの仲間のものでしょう」
「えっ?」
「白い……災厄?」
その思わぬ一言に、俺とリックさんは顔を見合わせる。
何だか随分と物騒な言葉が出てきたが、念のために俺はオルテアさんに尋ねる。
「あ、あの白い災厄……ですか? トントバーニィではなくて?」
「そうですね、かつてはそう呼ばれた時もありましたが、今では年寄りを中心に、白い災厄と呼ぶことの方が多いですね」
そう前置きしてオルテアさんは「白い災厄」と呼ばれる悲しいウサギたちの物語について話してくれた。
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