第446話 殺人ウサギ

「野生のヴォーパルラビット……ですか?」


 その日の夜、偉丈夫からの依頼を終えて牧場に戻った俺は、リックさんに彼から聞いた話を報告していた。


「ええ、土砂崩れが原因で、ガビール河付近に生息していたヴォーパルラビットが餌場を失い、新たな狩場を求めて放浪しているので注意するようにとのことでした」


 そのヴォーパルラビットという魔物がそこかしこにいて危険だという旨を、近くのクラインという街にある冒険者ギルドに知らせてほしいというのが、偉丈夫から受けた依頼だった。


 クラインは街と銘打っているが、どちらかというと村と呼ぶ方が相応しい規模で、偉丈夫が言う冒険者ギルドもかなり小規模なものであったが、偉丈夫から預かった報告書を受け取った受付は、近隣への注意喚起を請け負ってくれ、さらに情報提供料として報酬までくれたのは非常にありがたかった。


「そう……ですか。ヴォーパルラビットが……」


 俺から報告を聞いたリックさんは、手にしていたスプーンをテーブルの上に置くと、何やら難しい顔をして考えごとにふける。


「ねえねえ、おにーちゃん」


 リックさんへの報告を終えると同時に、隣に座っているミーファが俺の服を引っ張りながら質問してくる。


「ぼー…………なんとからびっとってなぁに?」

「ヴォーパルな……う~ん、俺も詳しくは知らないんだけどな」


 ヴォーパルラビットと聞いて真っ先に思いつくのは、某RPGにおいてクリティカルと称して容赦なくプレイヤーの首を刈ってくる『殺人ウサギ』だが、果たしてこの異世界においても、同じような能力を持っているのだろうか?


 名前は同じでも、全く違う生き物の可能性もあるので、俺はシドに助けを求めることにする。


「で、シドはヴォーパルラビットって知ってる?」

「名前だけはな。実際に見たことはない」


 そう前置きして、シドはヴォーパルラビットについて話す。


「確か……穴を掘って地中で暮らしているウサギの魔物だ」

「ウサギって……あのしろくてふわふわの?」


 やはりウサギと聞いてあの愛らしい動物の姿を思い浮かべたのか、ミーファは目をキラキラさせながらシドに尋ねる。


「おねーちゃん、ウサギさんにあえるの?」

「いやいやいや、ヴォーパルラビットはそこら辺にいるウサギとは違うぞ」


 興奮して思わず立ち上がるミーファに、シドは「行儀が悪いぞ」と席に着くように指示しながら静かな声で切り出す。


「ヴォーパルラビットは非常に狡猾で、狩りをすることに長けた魔物でな。地中に潜んで、得物が来るのをジッと待つんだ。そして、得物が近くを通ると……」


 シドは両手を広げ目をカッ、と見開いてヴォーパルラビットが怖い生き物であることをアピールするが、ハッキリ言ってめちゃくちゃ可愛いと思った。


 そんな感想を俺が抱いていることを微塵も知らないシドは、真剣そのものの表情で、ミーファの首をガッ、と掴む。


「こうして、隙だらけの獲物の首を一気に狩り取るんだ!」

「ひぃ……」


 シドから首を斬り落とされるジェスチャーをされたミーファは、悲鳴を上げながら俺の膝の上に乗ると、そのまま全力でしがみついてくる。


「ふみゅう……おにーちゃん、こわいよおおおぉぉ」

「ハハハ、大丈夫だよ。別に今すぐ刈られるわけじゃないからな」


 三角形の耳もパタリと閉じ、尻尾もシュンと力なく垂れ下がっているミーファを見て、俺は苦笑しながら彼女の頭を優しく撫でる。


「でも、そんな危険な魔物がいるとなると、俺たちも気を付けないといけないな」


 特にミーファはニーナちゃんと一緒に外で遊んでいるようだから、二人がヴォーパルラビットが潜んでいることに気付かずに、襲われてしまうようなことは避けなければならない。


 普段からアラウンドサーチを使い、近くに怪しい奴が潜んでいないかを調べるのも重要だし、普段から彼女たちを守ってくれる者も必要だろう。


 となればここは、彼女に頼るしかないだろう。

 俺はすぐ後ろで夕食の羊肉を平らげて、満足そうに大口を開けて欠伸をしているロキに向かって話しかける。


「ロキ、お願いがあるんだけどいいかい?」

「わん!」


 俺の言葉を聞いたロキは、近付いてきて頬擦りをしながら「何でも言って」と嬉しいことを言ってくれる。

 そんな頼もしいロキの顎下をわしゃわしゃと撫でながら、俺は腹にしがみついて離れないミーファを指差す。


「どうやら危険な魔物がこの近くに潜んでいるかもしれないんだ。だからロキ、明日から俺たちの手伝いはいいから、ミーファとニーナちゃんを守ってくれないかな?」

「わん!」

「うん、ありがとう」


 迷うことなく「任せて」と言ってくれるロキに、俺は感謝の意を伝えるように頬擦りすると、ミーファとニーナちゃんに向かって話す。


「というわけで、二人にはロキが付いてくれるから、安心してくれていいからね」

「わんわん!」


 ロキが「よろしく」と吠えると、ミーファも顔を上げてようやく俺から離れ、ニーナちゃんの顔にも笑顔が浮かぶ。


「ロキ、よろしくね」

「ありがとう。ロキ、私たちを守ってね」


 ミーファとニーナちゃんはそれぞれロキに抱きつくと、信頼を表すように彼女の巨大な体に頬擦りをする。


 うん、これで二人の方は大丈夫だろう。


 俺は仲睦まじい二人と一匹の様子に頬が緩むのを自覚しながら、まだ何か考えているリックさんに話しかける。


「リックさん、心配しなくてもこの牧場にいる人たちは、家畜も含めて俺たちが傷付けさせませんから、安心して下さい」

「コーイチさん、ありがとうございます。ですが、流石に家畜までは……」

「大丈夫です。これでも索敵には自信があるんです」


 そうして俺は、リックさんにこの牧場を守る具体的なプランを話していった。

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