第447話 散歩のお誘い

 ヴォーパルラビットから牧場の皆を、家畜に至るまで全て守る。


 決して簡単な目標ではないが、新たな目標に俺はやる気満々だった。


 どれぐらいやる気があるかというと、誰にも起こされずに自主的に朝起きられるぐらいにやる気があった。

 まるで遠足が楽しみでしょうがない小学生みたいだな……ベッドの上で目を開けた俺は、我ながら単純な思考回路に苦笑するしかなかった。


 だが、こうして目が覚めてしまったのなら、これ以上の惰眠を貪ってもしょうがない。


「さて……と」


 俺は足を高く振り上げ、勢いを付けてから身を起こしてベッドから飛び降りる。


「……わふっ?」


 ベッドから降りると、同じ部屋で寝ていたロキが「起きるの?」と身を起こして俺のところまでやって来る。

 甘えるように頬擦りしてくるロキに、俺はわしゃわしゃと顔を撫で回しながら朝の挨拶をする。


「おはようロキ、起こしちゃったかな?」

「わふぅ、わふっ」


 俺の質問に、ロキは「起きてたから大丈夫」と元気よく答えると、俺の周りをグルグルと回り出す。

 ロキのその行動は「散歩に行こう」というお誘いである。


「そうだな……」


 俺はグルグルと回り続けるロキを見ながら、今日の予定を思い浮かべる。


 昨日、偉丈夫からの依頼を受けて戻りが遅くなったので、まだ牧場内のあちこちに飛散物が残っているので、先ずはそれの除去に注力する。

 その後は、牧場内の壊れた箇所の修繕……今日は主に柵の修理をするつもりだ。


 うん……こう考えると、ヴォーパルラビットを索敵する猶予は余りないな。


 今日の予定を確認した俺は、手を伸ばしてロキの顎を擦りながら話しかける。


「今日から忙しくなるだろうから、今のうちに色々と見ておきたいな……うん、行くか?」

「わん!」


 俺が了承すると、ロキは嬉しそうに「やった」と言いながらすぐ脇でお座りする。

 この賢い黒狼は、俺が外出するのに着替える必要があることをちゃんと理解しているのだ。


 俺は「すぐに準備するよ」とロキに一言断りと入れると、昨夜の記憶の頼りに真っ暗な部屋を移動して、窓を塞いでいる木の扉を開ける。

 押し上げるようにして窓を開けると、まだ陽も登ってないのか、外から冷たい風が入ってくるだけだが、その寒さに俺の意識はハッキリと覚醒する。


「雨は……降っていないようだな」


 窓から顔を出して空模様を確認した俺は、手早く着ている寝間着を脱ぐと、いつものアサシンスタイルの格好へと着替える。

 ベルトを装着し、装備品を確認した後、軽く寝癖を直した俺は、おとなしくお座りしているロキに話しかける。


「お待たせ……それじゃあ、先ずは顔を洗いに行くか?」

「わん」


 立ち上がったロキはそのまま俺の隣へとやって来ると「行こう」と尻尾を振りながら並んで歩き出す。


 ……フフッ、可愛いな。


 ロキの忠犬ならぬ忠狼っぷりに、俺は自然と頬が緩むのを自覚する。

 ミーファのような愛らしい可愛いらしさとはまた違う、何時でも隣にいてくれる安心感と、ロキから厚い信頼を心地よく思いながら、俺は早朝の散歩へと出かけた。




 外に出て井戸の冷たい水で顔を洗い、ついでに喉を潤すと、顔がシャキッとして完全に目が覚める。


「ふぅ……さっぱりした」


 俺は持って来たタオルで顔を拭きながら、もう一度木桶を落として水を掬うと、ロキの前に差し出してやる。

 流石に俺と同じように顔を洗う習慣はないが、ロキは木桶に顔を近づけると、舌を伸ばしてピチャピチャ、と音を立てながら喉を潤していく。


「さて……」


 ロキが喉を潤している間に、俺はやるべきことをやろうと思う。


 自然体で立ち、大きく深呼吸を一つすると、目を閉じてアラウンドサーチを発動させる。

 脳内に広がっていく索敵の波に浮かぶ赤い光点を見て、位置関係から誰のものかを当たりを付けていく。

 この牧場内にはそれなりの家畜がいるが、グランドの街で使うよりは現れる反応数は遥かに少ないので、この程度で頭痛が襲いかかってくることはない。


 そうしてさらに索敵範囲を広げていき、牧場内に怪しい反応はないかと調べていく。

 ヴォーパルラビットという魔物は、基本的に穴や物陰に潜んで獲物が近付くのを待つものらしいので、怪しい場所にさえ近付かなければ問題ないということだが、今回の相手は嵐によって住処を失い、新しい餌場を求めて移動している最中だと思われる。


 窮鼠猫を嚙むではないが、追い詰められた者は……特に腹を空かせている時となると、一体何をしでかすかわかったものではない。


 事実、日本でも冬眠に失敗した熊が人里まで下りて来て、食べ物を求めて民家にまで入って来たり、鉢合わせした人間を襲うという事例は多々ある。

 故に、ヴォーパルラビットはこうだという固定概念は捨てて、どんなことも起こり得ると想定して、今回のことに当たろうと思っていた。


 そうして警戒しながら索敵範囲を広げていくと、遠くの方にいくつか気になる反応があるのがわかった。


「わん!」


 すると、調度よく水を飲み終えた様子のロキが「行く!」と吠えて、俺の周りをぐるぐると回り始める。


 もう、一刻も早く駆け出したくて堪らないようだ。


 俺は目を閉じてアラウンドサーチを解除すると、期待に満ちた目でこちらを見ているロキに笑いかける。


「お待たせ。それじゃあ、行こうか」

「わん!」


 俺が歩き出すと、ロキは嬉しそうに跳ねるように俺の周りをぐるりと一周した後、矢のような勢いで草原目掛けて飛び出していった。

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