第436話 一人はイヤだもん

 浩一たちが屋根の修理をしている頃、ミーファはロキと一緒に、宛がわれた部屋の窓の近くに置いた椅子から、叩き付けるように振る雨の様子を眺めていた。


 部屋には一切の光源はないが、窓の外の雨雲が発生させる稲光があれば、狼人族ろうじんぞくの目を持ってすれば、外の様子を伺うのは容易かった。


「ふみゅう……おにーちゃんたち、だいじょうぶかな?」

「わふっ!」


 心配そうに外を眺めるミーファに、ロキが「問題ない」と力強く吠えて見せながら応える。


「……うん」


 ロキに言われなくても、ミーファ自身も問題ないと信じている。

 だが、姉二人と浩一が豪雨にも負けずに外で仕事をしているのに、幼いからという理由で、自分一人だけ安全な室内でお留守番させられていることに、ミーファは不満を覚えていた。


 旅に出ると決まった時、いっぱいお手伝いすると約束したのだ。


 だったら自分も、こんなところで待っていないで、何かできることをするべきじゃないか。


「……うん!」


 自分も何かするべきだと決めたミーファは、勢いをつけて椅子から飛び降りると、部屋の外へと向かう。


「わ、わふっ!?」


 突如として何処かへ行こうとするミーファを見て、ロキが慌てて「何処に行くの?」と、問いかけながら彼女の襟首を咥える。


「う~、ロキ、ミーファもおてつだいするからはなすの!」

「ふ、ふううううぅ」


 ジタバタと暴れるミーファに、ロキは「落ち着いて」と諭すように話しながら、四肢を踏ん張って彼女が外へ行こうとするのを防ぐ。

 ロキからすれば、浩一から頼まれた大事な仕事であるからミーファを外に出すわけにはいかなかった。


 だが、そんなロキの献身さが、ミーファをさらに逆なでする。


「いや! ロキ、はなして! はなしてくれないと、ロキのこときらいになるよ!」

「きゅ~ん……」


 ミーファの嫌い宣言に、ロキは「そんな……」と言いながら耳をペタンと垂らし、尻尾もシュン、と力なく垂れ下がる。

 それと同時に、ロキの咥える力が弱まり、その隙を逃さず拘束から逃れたミーファは、一目散に部屋の扉へと走る。


 ドタドタと足音を響かせながら、部屋の外へと向かい、扉を開けようと手を伸ばす。

 すると、ミーファがノブに手をかけるより早く、扉が開いて誰かが中に入って来る。


「……ミーファちゃん?」

「わわっ!」


 伸ばした手が空振りするとは思っていなかったミーファは、勢いのままに室内に入って来た人物と思いっきりぶつかってしまう。


 その瞬間、中に入って来た人物が持っていたカンテラが宙を舞う。


「――っ、わん!」


 それを見たロキが颯爽と動き、宙に舞ったカンテラを口で掴んで火事になるのを防ぐと同時に、正面衝突した二人は盛大な音を立てて床を転がる。


「あうぅ……」

「いったたた……ってミーファちゃん!?」


 いち早く正気に戻ったニーナは、自分の胸の上で目を回しているミーファを見て驚きながらも、目を回している彼女に手を伸ばして起こしてやる。


「だ、大丈夫? 一体何がどうしたの?」

「――っ!?」


 目を覚ましたミーファは、目の前にいるのが家族でなかったことに気付き、怯えたように距離を取ってカンテラを咥えているロキの体にすがりつく。


「あっ……」


 明らかな拒否反応を見せるミーファに、ニーナの表情が曇る。


「あ、あの…………」


 ニーナは何度も手を伸ばしかけ、話しかけようと試みようとするが、再びミーファに拒否されたら、関係を修復できないのではないかと躊躇してしまう。


「…………あっ」


 そしてそれを見たミーファもまた、自分がまた反射的に逃げ出してしまったことを後悔し、顔を伏せてしまう。


「…………」

「…………」


 二人の少女は何と話しかけたらいいかわからず、互いに視線も合わせぬまま沈黙が続く。

 すると、黒い巨大な影が動く。


「………………わふっ」


 場の気まずい空気を察したロキがカンテラを地面に置き「仕方ないな」というように鳴くと、ミーファの頬をペロリと舐める。


「わっ、ロキ、どうしたの?」

「わん、わんわん!」

「えっ、ミーファが!?」


 自分から話しかけるように言われたミーファは、目を白黒させながらロキとニーナの顔を交互に見る。


「…………ふみゅう」

「わふっ……」


 それでも踏ん切りがつかない様子のミーファに、ロキは「頑張って」と励ましながら、耳元で小さな声でアドバイスを出す。


「…………うん」


 それを聞いたミーファは小さく頷くと、立ち上がってニーナへと向き直る。


「ミーファちゃん……」


 幼い少女の決意を見て取ったニーナは、居住まいを正してミーファを真っ直ぐ見つめる。


「ひぅ……」


 ニーナと目線があったミーファは目を泳がせて思わず逃げ場を探そうとするが、すぐさまロキが自分の鼻で、文字通り彼女の背中を押してくれる。


「わっ、わわ……」


 そのままロキに押されるようにしてニーナの前に立ったミーファは、指をもじもじさせながら話しだす。


「あ、あの……ニーナおねーちゃん」

「うん、ミーファちゃん、なあに?」


 ミーファの精一杯の勇気を悟ったニーナは、優し気な笑みを浮かべて彼女の次の言葉を促す。


「私にできることなら何でもやってあげるから、何でも言って」

「う、うん……あのね」


 ミーファは数回、深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けると、ニーナに自分の願いを話す。


「ミーファ、おにーちゃんたちのおてつだいしたいの」

「お手伝い? それって……コーイチさんたちの?」

「うん、ミーファだけおるすばんなの、やなの」

「そっか、一人だけ置いていかれるのはそうだよね。あっ、だから……」


 そこでニーナは、ミーファが部屋の外に出ようとした理由を思い知る。


「う~ん、でも嵐の日は、私も外に出ちゃダメってパパに言われてるからな……」


 可能な限りミーファの期待に応えてやりたいと思うニーナであったが、流石に親の言いつけを破れるほど剛毅な性格をしていない。

 では、ミーファの願いを叶えるためには何ができるだろうと、ニーナは首を捻る。


 まだ子供である自分たちができることで、大人である浩一たちに喜ばれることといえば……、


「そうだ!」


 妙案が思いついたのか、ニーナはパン、と手を叩いて喜色を浮かべる。


「ミーファちゃん、あるよ。私たちにもできるお手伝い」

「ほんとう!?」

「本当、本当、さっきママとソラさんが準備していたから、そろそろかな」


 ニーナは立ち上がると、さっきまで出すのを躊躇っていた手を勢いよく差し出す。


「きっとコーイチさんたちに喜んでもらえるから、いこっ!」

「……うんっ!」


 普通に会話できたことで一つ垣根を超えることができたミーファは、恐れることなくニーナの手を掴むと、二人で仲良く手を繋いで歩きはじめる。


「……わふっ」


 仲睦まじい二人の様子を見て、ロキも「よかった」と安堵したように吠えると、二人の後に続いて部屋を退出していった。

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