第435話 雨の中でも

 雨と強風にあおられながらも、俺はトニーたちが安心して眠られるようにと、無心で板に釘を打ち付けていく。


「シド……」

「わかってる」


 俺が何かを言うより早く、シドが次の板と釘を取りやすい位置に差し出してくれる。


「……ありがとう」


 もう何年も連れ添った夫婦のように、阿吽の呼吸で仕事をこなせるようになったことに思わず笑みを零しながら、俺はひたすら板に釘を打ち付けていく。

 どうしてシドが一人ではなく、俺が一緒に現場に赴いたかと言うと、その理由は簡単だ。


「……悪いな、あたしが不器用なばかりに」


 俺の考えを見透かしたかのように、眦を下げたシドが板を押さえながら話す。


「釘を打ち付けるぐらい、コーイチの力を借りなくてもできるようになりたいのに……」

「まあまあ、誰にだって得手不得手はあるさ」


 戦いではあらゆる武器を使いこなし、料理もそつなくこなすシドであるが、グランド街の街で大工たちに技術を教わった時、彼女には大工としての才能が壊滅的にないことがわかったのだ。


 のこぎりで板を切れば切り口はガタガタとなり、釘を打ち付ければ真っ直ぐ打ち付けることができないどころか、打ち付ける板を割ってしまう。用意された資材を組ませれば、謎の前衛的なアートを創造してしまう有様だった。


 どうしてそんな冗談みたいな結果になってしまうのかはわからないが、ただ一つ言えることは、シドはものを造るよりも壊す方が向いているということだった。

 俺はシドから最後の板を受け取りながら、彼女に向かって笑いかける。


「いつも言ってるけど、適材適所でいこうよ。大工仕事は俺の方が向いてたけど、シドがいなかったら、ここに来る前に大怪我を負っていただろうからさ」

「そう……か、あたしも少しは役に立っているんだな」

「少しなんてもんじゃないよ。それに、今もこうしてシドが俺のやりやすいようにサポートしてくれるから、思った以上にスムーズにできてるしね」

「何言ってんだ。これぐらい普通だろ?」

「そんなことないよ。シドじゃなきゃダメなんだよ」


 釘を打ち付け終えた俺は、槌を腰のポーチへとしまうと、手を伸ばしてシドの手を握る。


「俺のパートナーを任せられるのはシド……君だけだよ」

「コーイチ……」


 俺の言葉にシドの頬が赤く染まり、瞳が揺れ始める。

 乙女の顔になったシドを見ながら、俺は彼女の体を引き寄せると、手を掴んで指を絡める恋人つなぎをする。


「シド、手がびっくりするほど冷たくなってる」

「そりゃ、こんなとことにいたらな……早く中に入ってお湯をもらわないと……」

「……よかったら、俺が温めてあげようか?」

「んにゃにゃにゃ!?」

「おっと!」


 いつもながらの可愛らしい悲鳴を上げながら距離を取ろうとするシドの体を、俺は逃がすまいと彼女の腰に手を回して支える。


 ……そんな言い回しをすると、イケメンぶりを発揮したのかと思うかもしれないが、実際はシドが屋根から落ちそうになったのを慌てて支えただけだ。


 いくら命綱で繋がっていても、俺の力ではシドの体を支え切れるかどうか自信がないので、あまり彼女が動揺するようなことを言うのは自制しようと思う。

 だが、自制するのは次回の話だ。


「す、すまない……助かった」

「いや、気にしなくていいよ」


 俺はシドが落ちないように自分の胸にしかと抱き締めると、絡めた彼女の白い指を、愛撫するように優しく撫でる。


「あっ…………コ、コーイチ……」


 それだけで俺の意図を察したシドの顔が一気に赤く染まる。

 だが、それでも逃げるような真似はせず、むしろ俺に委ねるように体重を預けてくる。


 俺はあれだけパワフルなのに、どうしてか羽のように軽いシドの重さを心地よく思いながら、彼女の頭の上の三角形の耳に口を寄せて小さな声で囁く。


「シドの可愛いところが見たいんだ……ダメ?」

「ダメ…………じゃないけど…………ひゃん」


 耳元で囁かれるのがくすぐったいのか、耳をピクピクと動かしながら俯くシドの態度を了承と取った俺は、そのまま彼女の顎先を掴んでくいっ、と上を向けさせる。


「コーイチ……」


 潤んだい瞳のシドがゆっくりと目を閉じるのを確認した俺は、鼻同士がぶつからないように、僅かに顔を横に傾けて顔を近づける。


 そういえば、シドとキスするのっていつ以来かな? なんて思っていると、


「姉さん、コーイチさん、仕事が終わったのなら、速やかに戻って来てくださいね?」

「「わあっ!?」」


 いつの間に屋根に登って来たのか、すぐ横で満面の笑みを浮かべたソラが、頬に手をついた姿勢で俺たちを見つめていた。

 ソラは可愛らしく小首を傾げながら、ここに来た理由を話す。


「姉さん、コーイチさん、体を拭くためのお湯が沸きましたから呼びに来ました」

「あ、ああ、それは助かるな……なっ? コーイチ」

「そ、そうだね」


 俺とシドは、慌てて距離を取りながらソラに礼を言う。


「ありがとう、ソラ。登って来るの大変だっただろう。別に下から声をかけてくれてもよかったのに……」

「いえいえ、こんな雨風強い中、わざわざ外で働いて下さるお二人のためですから、これくらい当然ですよ」

「さ、さいですか……」


 元気にハキハキと答えるソラだが、その貼り付けたかのような笑顔がとても怖い……


 こういう時のソラは、大概怒っている時だ。


 そしてその理由なんて考えるまでもない。俺とシドが屋根でイチャイチャしていたことが原因だろう。

 俺はどこか狂気じみた笑顔を浮かべるソラに、恐る恐る尋ねる。


「あ、あの……ソラさん、いつからそこに?」

「えっ、どうしてそんなこと聞くんですか? まさか私がコーイチさんたちの会話に聞き耳を立てていたとでも言うんですか?」

「ま、まさか、そんなわけないよ……ただ、ちょっと気になってね」

「そうですか……ちなみに私が来たのはお二人に声をかけた時ですよ」

「そ、そうですか」


 ソラの言葉を聞いて、俺は密かに胸を撫で下ろす。

 じゃあ、先程の俺の恥ずかしい台詞の数々は聞かれていないだろう。


 そう思っていたが、


「ところでコーイチさん、できたら私の体も温めてもらえますか? 可愛いいところ、一杯見せてあげますから」

「ぐはっ!?」


 にこやかに笑いながら腕を絡めてくるソラの言葉に、俺は自分の胸を押さえながらがっくりと項垂れた。



 上げてから落とすなんて…………ソラ、恐ろしい子。

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