第405話 醜悪の館
「お、お邪魔するぞ……」
勇んで足を踏み出したのはいいが、いざ屋敷に入る時になると、リムニ様は借りて来た猫のようにおとなしくなっていた。
「入るぞ……いいか?」
そうして恐る恐る屋敷の中を覗き込んだリムニ様は、
「ヒイイィィッ!?」
何か恐ろしいものでも見たのか、悲鳴を上げながら尻餅をつく。
「コ、ココ、コーイチ……」
「リムニ様!」
腰が抜けたのか、涙目になって手を伸ばしてくるリムニ様に、俺は慌てて駆け寄って彼女の手を取って助け起こすと、一体何を見たのだろうと中を見る。
「なっ……」
すると扉の陰に、誰かが……おそらくエスクロの私兵と思われる男が倒れているのが見えた。
万が一を想定して思わず身構えるが、気を失っているのかその者が動く様子がない。
さらによく見ると、その男は右手に穴が開いてそこから血が流れているが、それ以外には目立った外傷は見えない。
「……もしかして」
とある可能性に気付いた俺は、リムニ様をシドに任せて倒れている男の首元へと手を伸ばす。
「…………生きてる?」
てっきり怒り狂ったクラベリナさんによって惨殺されたのかと思ったが、意外にも男は意識こそ失っているが死んではいない。
……ということはもしかして、ここにいる人たち全員?
クラベリナさんの宣言を受けて慌てて飛び起きて準備したのか、通常の半分しか照明が点いていない屋敷内には、至る所で意識を失っている人たちが見て取れる。
「…………」
だが、最初に見た男と違い、他の者は見たこともない有り様になっていた。
「……おいおい、なんだこれは」
惨状に呆然としていると、後ろからやって来たシドの呆れたような声が聞こえる。
「人間が壁に埋まっているじゃないか……」
「うん……」
呆気に取られるシドの言葉に、俺は呆然と頷く。
そうなのだ。一体何をどうやったらこんなことができるのかわからないが、クラベリナさんに倒されたであろう男たちが、まるでレリーフかのように壁に埋められていたのだ。
ぐったりと項垂れている男たちの右手は、ネームタグを破壊するためか、揃って穴が開いている。
「まさかこれ全部、あの馬鹿がやったのか?」
「まさかじゃなくて、その通りだろうな」
壁の中に埋めておきながら誰一人として殺していない離れ業に、俺は戦慄を覚える。
「……もしかして、この先もこんな感じが続くのかな?」
「いや、流石にそこまではないと思うけど……」
そう言うシドだが、クラベリナさんならやりかねないと思っているのか、何ともいえない表情をしている。
だが、逆に考えれば、クラベリナさんがここまで徹底的に敵を叩いてくれているのなら、リムニ様に危険が及ぶ可能性はかなり低い。
そう判断した俺は、不安そうな顔のリムニ様に向かって提案する。
「……とにかく急ぎましょう。どうやらクラベリナさんは思ったより冷静かもしれませんが、エスクロを前にして同じように冷静にいられるとは限りませんから」
「う、うむ……そうじゃな」
リムニ様が頷くのを確認して、俺たちは不気味なほど静まり返った屋敷内へと足を踏み入れる。
万が一のことを想定して、間にリムニ様を挟んで前をシドが、後ろを俺が守る布陣で中を進んでいく。
「……エスクロは何処にいるんでしょうか?」
「最上階じゃな。あいつは高いところから人を見下すのが好きだからな。家にいる時も間違いなく高い場所に陣取っているはずじゃ」
「な、なるほど……」
その理屈からいくと、リムニ様の屋敷も同じような構造だったし、私室も最上階にあったのですが……と言うのは流石に野暮だろうか?
だが、とりあえず貴族の屋敷に攻め入る時には、最上階を目指すのがセオリーなのは間違いないようだ。
目的地を確認した俺たちは、エスクロがいるであろう最上階を目指して階段を上る。
その途中にも、クラベリナさんと戦ったであろうエスクロの私兵が、壁に埋められた状態で並べられていた。
まるで客を出迎えるかのように整然と壁に埋められた男たちを見て、最初は戦慄を覚えたものだが、その数が二桁に達する頃にはもう何も驚かなくなっていた。
慣れというのは恐ろしいと思いながら階段を上り、もうそろそろ最上階へと到着しようというところで、
「ヒッ!?」
先に階段を上り切ったシドが、可愛らしい悲鳴を上げる。
「どうした。何かあったのか?」
ただならぬ事態を察した俺は、後方に誰もいないことを確認してからリムニ様を追い抜いてシドの隣へと並ぶ。
すると、暗い廊下に何やら丸い物体が転がっているのが見え、反射的にそちらへと目を向ける。
「――っ!?」
それを見た途端、俺も思わず悲鳴を上げそうになったが、口を押えてどうにか堪える。
仄かに照らされた灯りの中でも見間違うことはない醜悪な顔……エスクロの首が転がっていた。
だが、俺が悲鳴を上げなかったのは、その未来を予期していたからではなく、その首が本物ではないことにすぐに気付けたからだ。
外の屋根と同じように黄金色に輝くその首は、エスクロが造らせたであろう自分を模った像の一部のようだ。
「ハハッ、何だよシド……驚かせるなよ」
こんな偽物の首を見て悲鳴を上げるなんて……そういうシドも可愛いぞ。なんて思いながら、俺は真鍮製と思われる首を拾って元の場所を探す。
すると、すぐ近くの台座に首から上がない胸像が鎮座しているを見つけ、試しに拾った首を当ててみると、ピッタリと当てはまる。
おそらくこの胸像を見たクラベリナさんが、怒りに任せて首を刎ねたのだと思われた。
手を離せば、首はすぐさま胴体と分離してゴロリと床に転がるが、これで謎は全て解けた。
悲鳴を上げてしまったことが恥ずかしかったのか、ジト目でこちらを見ているシドに向かって、俺は笑顔で真実を告げる。
「ほら、シド。こういうわけだから何も恐れることはないよ」
「そうじゃない。あたしもそれだけなら流石に悲鳴を上げるような無様な真似はしない」
「……えっ?」
「いいから、そっちを見てみろ」
シドは俺の手を取ると、廊下の先を指差しながら、そちらを見るように促す。
その言葉に従って薄暗い廊下の先を見た俺は、
「…………」
目に飛び込んできたものを見て絶句する。
そこには、ついさっき俺が拾ったものと同じと思われる真鍮製のエスクロの首が転がっていた。
それも一つや二つじゃない。
五……六……七……俺の目で確認できるだけでも、七つのエスクロの首が転がっていた。
転がっている顔の表情は全て違っており、喜怒哀楽豊かな表情のエスクロの顔を見ているだけで、猛烈に気分が悪くなってくる。
エスクロの奴……どんだけ自分が大好きなんだよ。
これで、どうしてシドが悲鳴を上げたのかが腑に落ちた。
俺の目では見えないが、きっとあの奥にも同じようにエスクロの首が転がっているのだろう。
ただ、その全ての首を刎ねて回るクラベリナさんも大概だと思うけどね。
そんなことを考えていると、
「いやあああああああああああああああああああぁぁ、たすけてええええええええぇ!」
「「「――っ!?」」」
屋敷内にエスクロのものと思われる悲鳴が聞こえ、俺たちは顔を見合わせると、急いで声のした方へ向けて駆け出した。
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