第406話 キーアイテム
エスクロの悲鳴が聞こえたのは、最上階の部屋の最奥の部屋からだった。
予想していたことだが、床に転がったエスクロの首は七つ以上あり、真鍮製とはいえ、あれだけの胸像を造るのに一体幾らかかったのかと考えてしまうのは、異世界までやって来ても俺は庶民なんだろうなと思った。
そうして十二個目のエスクロの首を飛び越え、見えてきた重厚そうな扉を、俺は蹴破る勢いで解き放つ。
「クラベリナさん!」
最悪の事態にだけはなっていないことを祈りながら、俺はクラベリナさんの名前を叫ぶ
すると、調度クラベリナさんがエスクロの首を掴んで軽々と持ち上げているのが見えた。
「ふびいいいぃぃぃ! ぐ、ぐるじい……死ぬ…………死んじゃう…………」
宙に吊られたエスクロは、青い顔をしてジタバタと苦しそうにもがくが、ガッチリと掴まれたクラベリナさんの腕はビクともしない。
「だ、団長、このままじゃ……このままじゃエスクロが死んじゃいますよ!」
必死に説得を続けていたのか、泰三が声を枯らしながら叫び続けるが、クラベリナさんはその言葉を無視してエスクロの首を絞め続ける。
「ク、クラベリナ……やめるのじゃ!」
「おい、馬鹿! 当初の作戦を忘れたのか。今すぐやめろ!」
「…………」
クラベリナさんの主であるリムニ様とシドが今すぐやめるように叫ぶが、その声も届かないのか、彼女が手を離す様子はない。
「も…………だ……め………………」
そうこうしている間にエスクロに限界が来たのか、充血した目がぐるりと反転し、手足から力が抜けてだらりと下がる。
「――っ!?」
それを見た瞬間、俺は反射的に動き出していた。
「クラベリナさん、それ以上は駄目だ!」
必死に叫んでみても、やはり声は届いていないのか、クラベリナさんがエスクロを手放す様子はない。
ならば、体を使ってクラベリナさんを止めるしかない。
そう咄嗟に判断した俺は、玉砕覚悟でクラベリナさんに突撃することにする。
「すみません。失礼します!」
そう叫びながら、俺はクラベリナさんの腰に抱きつくように思いっきりタックルを仕掛ける。
「あぐぅ!?」
てっきり鋼のように鍛えられた体に跳ね返されるかと思ったが、思ったよりも軽い手応えと共に、俺はクラベリナさんを吹き飛ばすことに成功する。
だが、全力でぶつかったため、勢いを殺すことができずに俺はクラベリナさんと一緒になってゴロゴロと派手に床を転がる。
「あいだっ!?」
どうにか壁にぶつかったところで止まったのか、俺は痛みに顔をしかめながら起き上がろうとする。
「どぉうわ!?」
すると、俺の手を誰かが掴んだかと思うと、とんでもない力で引き寄せる。
余りの力強さに抗うことなどできるはずもなく、俺の体は再び地面に縫い付けられたかとも思うと、誰かが俺に馬乗りに乗ってくる。
反射的に防御姿勢を取ろうとするが、その手すら軽く跳ね除けて、クラベリナさんの端正な顔が目の前に現れる。
いつもの余裕のある笑みではなく、真剣な表情のクラベリナさんの顔を見て、俺は思わずゴクリ、と唾を飲む。
まさか殺されるようなことはないと思うが、一体どんな叱責を受けるのだろうか。
そんなことを思いながら身構えていると、
「…………じゃないか」
クラベリナさんが小さな声で何かを呟く。
「えっ、な、何ですか?」
「痛いじゃないかと言ったんだ。コーイチ、いきなり女性の体を突き飛ばすとは良い度胸だな?」
「こ、これはその……あれです。クラベリナさんが作戦を無視してエスクロを殺そうとするから……」
「何だと?」
そう言われてクラベリナさんは、初めて気付いたかのように目をまん丸に見開くと、後ろを振り向いて泡を吹いて倒れているエスクロを見る。
「本当だ。いつの間に……」
「いつの間にって……本当に気付いていなかったのですか?」
「ああ、屋敷に入って聞き分けのない連中を壁に埋めていたのまでは覚えているが、この階に来て最初にエスクロの胸像を見つけた時から、記憶が曖昧になってな」
「……どんだけエスクロのことが憎いんですか」
「ああ、憎いさ……八つ裂きにしたいくらいにはね」
俺が呆れたように嘆息すると、クラベリナさんは心外だと謂わんばかりに俺の上で豊かな胸を揺らしながら怒りを露わにする。
「何と言っても、臣下の身でありながら、私の大切な領主様を傷付けたのだ。その行いは万死に値するよ」
「……お気持ちはわかりますが、今回の作戦はリムニ様のためでもあることを忘れないで下さい」
「むっ……そうだったな。すまない、助かった」
ようやく納得してくれたのか、クラベリナさんは俺の上から退くと、先に立ち上がって手を差し伸べてくれる。
その手を掴むと、肩が抜けるのでは? と錯覚するほどの強い力で引き起こされ、何故かクラベリナさんにハグされる。
「なっ!?」
「おいっ!」
背後で泰三とシドの驚いたような声が聞こえるが、クラベリナさんは一向に気にした様子もなく露出の高い格好のまま俺の背中に手を回してポンポン、と軽く叩いて離れると、ニヤリと獰猛に笑う。
「これは私を止めてくれた報酬だ。どうだ、少しは勃ったか?」
「……こんな時に何を言っているんですか。そんなわけないでしょう」
俺はクラベリナさんの下品な下ネタに辟易しながらも、鉄の意志を総動員して相変わらず露出が高い彼女と距離を取った。
正直なところ今のはかなり危なかったが、流石にシドと泰三の二人が見ている前で、クラベリナさん相手に鼻の下を伸ばすわけにはいかない。
それに、これでようやく本来の目的に戻れる。
俺は床に大の字になってピクピクと痙攣しているエスクロの脇にしゃがみ込むと、ナイフを取り出して刃の腹で奴の顔をペチペチと叩きながら話しかける。
「おい、何時まで寝ているんだ。起きろ」
「う、うう……苦しい……助けて…………んがっ!?」
「気が付いたか?」
「ホッ……まだ生きてる…………って、お、お前は!?」
意識を取り戻したエスクロは、一息つく間もなく、俺の顔と突き付けられたナイフを見て再び顔面蒼白になる。
「ヒッ、お願い……殺さないで」
「それはお前の返答次第だ」
俺はナイフをエスクロの眼前でちらつかせながら、ここに来た目的を果たすために質問する。
「俺が聞きたいことは一つだ。今すぐ全てのネームタグを停止させる方法を教えろ」
「て、停止?」
「そうだ。あるのだろう? この街にネームタグを持ち込んだお前なら、それを管理している物があるはずだ」
「そ、それは……」
俺の質問に、エスクロは狼狽しながら視線を彷徨わせる。
僅かに揺れたその視線を、俺は逃さなかった。
エスクロの視線を追うように室内を見渡すと、部屋の中に一つ、明らかに異質な物があることに気付く。
それはレンガで造られた暖炉の上に並べられた、どんな素材でできているかもわからない真っ黒な立方体の箱だった。
「……あれか?」
「ち、ちが……」
慌てたように否定するエスクロだが、その反応だけで十分だった。
あの黒い箱こそがネームタグを管理するキーアイテムと目星を付けた俺は、泰三に向かって叫ぶ。
「泰三、暖炉の上の黒い箱だ。そいつをディメンションスラストで壊すんだ」
「は、はい、わかりました」
俺の言葉にすぐさま動き出した泰三は、槍を構えると黒い箱に向かって突進する。
「泰三、やっちまえ!」
「そ、それだけは……それだけは。やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!」
俺とエスクロの叫び声が響く中、
「いきます。ディメンションスラスト!」
必殺の一撃を泰三は黒い箱に向けて放った。
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