第399話 ひっくり返る盤面
「やった……」
ジェイドが動かなくなったのを見て、俺は思わずガッツポーズをする。
「あいつ、まさかこんな隠し玉を持っていたなんて……」
最後に泰三が見せた攻撃は、今まで見たこともない攻撃だった。
投げた槍が、何かに吸い込まれるように空中で姿を消したと思ったら、ジェイドの背後から現れ、そのまま奴の体を貫いたのだ。
しかも、そのまま泰三の手にすっぽりと収まったところを見ると、あの技を放っても槍を失う心配もなさそうだ。
俺も知らない攻撃を繰り出したということは、あれは泰三がこの半年で新たに身に付けた新スキル……第五のスキルということだろう。
まさか五番目のスキルが存在していたことも驚きだが、それだけ泰三が努力を重ねてきたという証拠でもあるのだろう。
「あいつ……本当に強いな」
「あれが自由騎士様のお力なんですね……」
見事に勝利を収めた泰三に、シドたちも手放しで賞賛の言葉を送る。
だが、その顔にはまだ笑顔は見えない。
「それで……あいつが勝ったのなら、これで連中はおとなしく帰ってくれるのか?」
「だといいんだけど……」
そう言いながら俺は、冒険者たちの様子を見てみる。
流石に自分たちのリーダーがやられたショックが大きかったのか、冒険者たちは誰もが呆然とその場に立ち尽くしている。
後はこのまま彼等が黙って去ってくれるのを待つだけだが、
「ま、まだだ! まだ終わりじゃないです!」
最後の悪足搔きをしようとする者の声が上がる。
「何をしているのです! ジェイドがやられたとしても、あなたたちがやられたわけじゃないでしょう! ここで奴等を皆殺しにして、ギルドマスターの仇を討つのです!」
神聖な決闘を台無しにするような戯言を吐きながら、ユウキが管理者用のネームタグを掲げる。
すると、ネームタグが怪しく光り、冒険者たちがそれぞれの武器を手に立ち上がり、近くの獣人たちへと襲いかかる。
「あの野郎……」
予想していたとはいえ、本当に決闘を汚すような真似をしやがった。
しかも、冒険者たちが自分の命令に従わなかったことを想定して、管理者用のネームタグを使って強制的に支配下に置いたようだ。
「お、おい、コーイチ……」
「わかってる!」
シドの切羽詰まった声に、俺はすぐさま頷いて駆け出す。
冒険者たちのセオリーを無視した行動に、戦いは完全に終わったと思っていた獣人たちは完全に不意を討たれた形になり、戦線が瓦解していた。
最重要人物であるソラが後方に下がっていたのは僥倖だが、このままでは俺たちが最前線に辿り着く前に何人の犠牲が出るかわからない。
異変に気付いたクラベリナさんと泰三がフォローに入ってくれているが、流石に全てをカバーできるわけではない。
「お願いだ。皆、どうか……どうか逃げてくれ!」
駆けながら俺は、集落の人が一人でも多く助かってくれと願いながら叫ぶ。
そうこうしている間に逃げる時に慌てて足がもつれたのか、うつ伏せに倒れた
不幸にもクラベリナさんも泰三も奥様からは距離が遠く、二人の救援が間に合いそうにはない。
「やめろおおおおおぉぉ!!」
俺は冒険者の良心という一縷の望みに賭けて、全力で叫ぶ。
すると俺の願いが届いたのか、今にも剣を振り下ろそうとしていた冒険者の動きがピタリと止まる。
……まさか、本当に願いが届いたのか?
そんなことを思っていると、
「……全く、冒険者たるものそう簡単に操られるでない!」
「もう、そんな悪い子にはお仕置きだゾ!」
頼もしい……そして、余り思い出したくない二つの声音が聞こえ、俺は思わず喜色を浮かべて叫ぶ。
「マーシェン先生、師匠! 来てくれたんですね」
俺の声に、二人の戦士は手を上げて応えながら、集落の人々を守るために次々と冒険者たちに襲いかかって無効化していく。
さらに、
「コーイチ、我たちもいるぞ」
「おにーちゃん! おねーちゃん!」
集落の入口には、カンテラを手にしたリムニ様とミーファが現れ、こちらに向かって手を振っている。
どうやら二人は無事に師匠たちと合流して、俺たちの援軍に来てくれたようだ。
二人の戦士の登場により、形勢は完全に逆転した。
圧倒的な実力を持つ四人の戦士たちを前に、ネームタグによって無理矢理命令されている冒険者では相手になるはずもなく、次々と無力化されていく。
「クッ……こうなったら」
すると、形成の不利を悟ったユウキが集落の入口に向かって駆け出す。
「まさかあいつ……」
リムニ様かミーファのどちらかを、人質にしてこの場から逃げるつもりか?
だが、その作戦が上手くいくはずがないのを俺は知っている。
何故なら、彼女たちには最強のナイトがついているからだ。
「リムニ様とそこの子供……そこを動くんじゃありませんよ!」
起死回生のチャンスと見たユウキが二人の幼女へと迫るが、
「ガルルルル……」
リムニ様たちの後ろからロキがのっそりと現れ、迫るユウキに向かって唸り声を上げて威嚇する。
「ヒイィィ……」
ロキの姿を見たユウキは、情けない声を上げながら集落にあるもう一つの入口、下水道へと続く階段を下りて行く。
「シド!」
それを見た俺は、隣に並ぶシドに向かって力強く叫ぶ。
「行こう、俺たちで決着をつけるんだ!」
「当然、ここで一人で行くとか言ったら、蹴飛ばすところだったよ」
シドが獰猛にニヤリと笑ったのを見て、俺は思わず苦笑しながら周りを見る。
「コーイチさん、姉さん、いってらっしゃい」
「浩一君、後は任せて下さい」
「一番おいしいところは譲ってやるんだ。しっかり決めて来いよ」
「くれぐれも、慢心だけはするなよ」
「お主たちなら必ずやれるぞ」
「コーイチ、お主たちならやれると信じておるぞ」
「おにーちゃん、おねーちゃん、がんばって!」
すると、駆け抜ける俺たちに次々と激励の言葉がかけられる。
「ヘヘッ……」
それらのはただの言葉に過ぎないかもしれないが、俺の背中を力強く押してくれ、力を与えてくれる。
隣を見れば、シドも俺と同じ気持ちなのか、口元に笑顔が浮かんでいた。
これは……絶対に負けられないな。
俺とシドは目で会話して頷き合うと、ユウキが逃げていった下水道へと続く階段を駆け下りて行った。
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