第400話 似た者同士の決戦
地下へ下りて行ったユウキは、そのまま尻尾を撒いて逃げるだろうか。
俺が出した結論はノーだった。
何故なら、何処へ逃げようとも俺という存在がいる限り、アラウンドサーチで索敵され、完全に逃げ切ることができないからだ。
だから奴は、俺を殺すためにこの下水道の何処かで待ち受けているはずだった。
「ふぅ……」
階段を下りきった俺は、臭い対策のための布を口と鼻に巻きながら大きく息を吐く。
流石にもう何度も下水道に来ているので、ある程度臭いには慣れてきたのだが、それでもこうして布を巻くと、スイッチが切り替わったかのように頭の中が冴えわたる。
その理由が、布に僅かに残されたシドの匂いのお蔭だと言うと、途端に変態性が増して三姉妹から
「すぅ……はぁ……」
俺は深呼吸を一つして、ヒンヤリとした冷たい風に体を震わせながら、周囲の状況を見る。
こちらの存在を知らせないために、カンテラや松明といった光源を何も持っていないので、殆ど何も見えないが、周囲に人の気配は感じられない。
ならば俺が取る選択肢は一つだけだ。
「…………」
俺は一呼吸間を置いてから、目を閉じてアラウンドサーチを発動させるために目を閉じる。
その瞬間、風が激しく動いたかと思うと、俺のすぐ耳元で金属同士がぶつかる甲高い音が聞こえる。
「なっ!?」
同時に、ユウキの驚くような声と、慌てて距離を取る気配がする。
「……どうして?」
「不意を突いたはずの攻撃が防がれたか、か?」
俺は目を開けながら、闇の向こうで驚いているであろうユウキを睨みながら話す。
「それはな……俺は一人じゃないってことだよ」
「そういうことだ。残念だったら、お前の企みは、あたしが防いでやったぞ」
俺の言葉に続いて、シドが後ろから姿を見せてニヤリと笑う。
「そんなことを聞いているんじゃありません」
だが、まだ納得いかないのか、ユウキが怒りを滲ませた声で話す。
「どうして……どうして俺がこのタイミングで仕掛けてくるとわかったのですか?」
「ああ、その話か……」
ユウキの疑問に、俺は階段を下りる間にシドと決めた取り決めについて話す。
「俺なら自分と同じ能力を持つ者と戦う時、どのタイミングで仕掛けるかを考えたんだよ。そしたら答えは決まっている……最初に索敵される前に倒すだ」
一度距離が離れてしまえば、どうしても索敵合戦となるし、ユウキは俺ほどアラウンドサーチに精通していないので能力勝負となった場合、不利になるのは明らかだ。
だから奴は俺がアラウンドサーチを最初に使うタイミング……下水道に下りてのすぐの場所で、気配を殺すパッシブスキルを駆使して身を潜んでいると踏んでいた。
しかし、いきなりシドと二人でここに下りたところで奴は現れないだろう。
だから俺は、いかにも一人でここにやって来たように見せかけ、アラウンドサーチを使った。
結果、奴は俺の不意を討つために姿を晒し、後方に控えていたシドによって、とっておきの一撃を防がれたのだった。
「……というわけさ。そのまま逃げていればどうなっていたかわからないが、どうしても俺を見過ごせない性格が災いして、自ら罠に飛び込んだんだよ」
「クッ……卑怯な」
「卑怯とか……それをお前が言うか?」
まさかの一言が飛び出したことに、俺は堪らず苦笑を漏らす。
「これまで散々、裏で卑怯なことをしてきたんだ。その報いを受ける時が来たんだよ」
「報いなんて安易な言葉……絶対に認めませんよ!」
まだ何かあるのか、ユウキの影が動く気配がする。
俺とシドは、何が来てもいいように咄嗟に身構えるが、
「おい、コーイチ。あいつ逃げたぞ!」
夜目が利き、俺よりも現状を正確に把握しているシドが悲鳴のような声を上げる。
「何かすると見せかけて、何もせずに全力で逃げ出しやがった」
「な、何だって!?」
「急ぐぞ。あたしが先導するから追いかけるんだ」
そう言いながらシドが俺の手を取って走り出すので、
「あ、ああ……」
俺は転ばないように気を付けながら、シドの後に続いてユウキの追跡を開始する。
「おい、待てや卑怯者!」
真っ暗闇に包まれた下水道に、シドの女性らしからぬ罵詈雑言が響き渡る。
「おとなしく捕まれば、楽に殺してやるからとっとと諦めて止まりやがれ!」
「いや、流石にそれで諦めてくれたら苦労はないだろう」
「いいんだよ! こういうのは勢いが大事なんだよ」
思わず苦笑する俺に、シドが急かすように俺の手を引く力を強める。
「そんなことよりもっとスピード上げるぞ。このままじゃ永遠に奴に追いつかない」
「わ、わかった」
シドの提案にとりあえず頷いてみせたが、俺はこの状況に何か嫌な予感がしていた。
圧倒的な優位な状況が、ちょっとした勘違い、手違いで一瞬にしてひっくり返る様を何度も見て来た。
だから俺は、シドの勢いに任せつつも、ここ一番では冷静に対応できるようにしようと心に決めて、彼女の後に続いた。
何時までも続くかと思われた下水道内の逃走劇は、体力の限界が来た様子のユウキが足を止めたところで終わる。
「ひぃ……ひぃ……ひぃ…………もう、ダメ…………」
「ハハッ、とうとう追い詰めたぞクソ野郎」
足を止めて蹲るユウキを前に、まだまだ余裕といった様子のシドが追いつく。
「はぁ……はぁ……」
オヴェルク将軍の特訓によって散々鍛えられた俺も、体力的にはまだ幾分かの余裕はある。
「ユウキ、ここまでだな」
俺は膝を付いて肩で大きく息をしているユウキに話しかける。
「いくらなんでもお前はやり過ぎた……この世界の法で裁くのが正しいのかもしれないが、ここで俺たちが引導を渡してやる」
「ハハッ……随分と…………勝手なことを…………言いますね」
息も絶え絶えといった様子のユウキは、汗まみれの顔を上げながら話す。
「言っておきますが……俺はまだ……諦めていませんからね」
「強がりはよせ。この状況で何ができるというんだ」
「お忘れですか? 俺には……これがあるんです」
そう言ってユウキは右手を掲げ、暗闇を切り裂くような管理者用のネームタグを見せる。
「この下水道には、無数の魔物が生息しています。それを支配下におけば、まだまだチャンスはあるのです」
「そんなこと、やらせると思うか?」
「いいえ、もう遅いです。さあ、この場にいる魔物よ! とっとと現れて助けなさい!」
俺が飛びかかろうとする前に、ユウキのネームタグが激しく光る。
「クッ……」
一体、どんな魔物がくるのかと身構えていると、ユウキの後ろの水面が激しく波打ち、巨大な影が現れる。
次の瞬間、信じられないことが起こる。
俺の視界の半分を埋め尽くさんばかりの巨大な影が現れたかと思うと、ネームタグを掲げるユウキの姿が一瞬にして忽然と消えたのだ。
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