第389話 操られた女帝

 ユウキたちのネームタグが怪しく光った途端、クラベリナさんに異変が起こる。


「あがっ!? がっ……」


 クラベリナさんはいきなり苦しそうに呻いたかと思うと、


「が、があああああああああああああああぁぁ!!」


 何かに抗うように頭を大きく振りながら、苦しそうに叫んだかと思うと、


「――っ!?」


 突如として、糸が切れた操り人形のようにがっくりと項垂れる。


「だ、団長!」


 クラベリナさんの突然の異変に、泰三が血相を変えて助けに向かう。


「どうしました? しっかりして下さい!」


 苦しむクラベリナさんを助けようと、泰三が手を伸ばす。

 だが、


「あぐっ! ぐうううぅ……私に……私に触れるなああああああああああぁぁ!」

「うわっ!?」


 呻くクラベリナさんは、助けに来た泰三を拒否するようにレイピアで追い払う。

 それどころか、


「殺す…………コロシテヤル!」

「わ、わわっ、や、止めて下さい! 団長、僕の声が聞こえないのですか?」


 クラベリナさんはうわ言のように「殺す」と呟きながら、泰三に向かって襲いかかる。


「ま、まさか……」


 突如として豹変したクラベリナさんの動向に心当たりがあった俺は、ユウキの方を見やる。


「……まさか、管理者用のネームタグを使ってクラベリナさんを操っているのか?」

「ハハハ、そうです。我ながら見事な作戦でしたね」


 ユウキはブレイブから受け取った二枚の管理者用のネームタグを掲げながら得意気に話す。


「クラベリナ様の力が強すぎるあまり、これまでネームタグでの干渉が殆どできなかったのですが、流石に二枚同時による強制干渉には抗えなかったようですね」

「……これまでということは、今までも干渉してきたのか?」

「当然です。何年も、何年もかけてじっくりと調教してきたのですが、できたのは精々、獣人に対する敵愾心てきがいしんを植え付けることだけでした」


 やはりクラベリナさんが獣人に対して態度を急変させたのは、ネームタグによる干渉が原因だったようだ。

 だとすれば、クラベリナさんのネームタグを壊すことができれば、彼女もまた正気にもどるということだ。


 ……だけど、そんなことできるのか?


 あれだけ苦戦したゾンビ兵共を、一人であっさりと全滅させるほどの実力を持つクラベリナさんに肉薄し、おそらく右手に収納されたネームタグを破壊するとなると、それがどれだけ難しいかんど言うまでもない。

 一体、どうすればいいのかと考えていると、


「さあ、クラベリナ様。目の前に憎い憎い敵がいますよ」


 ユウキがネームタグを振り回しながら、クラベリナさんに向かって命令を飛ばす。


「あなたのその力を存分に振るって、獣人とそれに与する逆賊を討つのです!」

「ウウ……ウワアアアアアアアアアァァ!!」


 ネームタグを掲げるユウキの命令に、クラベリナさんは雄叫びを上げながら泰三へと襲いかかる。


「だ、団長……正気に…………くうぅ!」


 クラベリナさんのレイピアによる猛攻を、泰三は集落にあった槍で必死に防御をしながら説得を試みる。


「お願いです。どうか、どうか正気に戻ってください!」

「死ね! シネエエエエェェ!」

「クッ……だ、だんちょ……」

「泰三、クラベリナさんの右手を狙え!」


 必死の攻防を繰り広げる泰三に、俺はせめてもの助けになればとアドバイスを送る。


「クラベリナさんのネームタグを破壊できれば、正気に戻るはずだ」

「わかって……ますよ!」


 俺の言葉に、泰三は必死に槍を振るいながらどうにかクラベリナさんのネームタグを破壊しようと試みる。


「はあああぁ!」


 一旦距離を取った泰三は、槍を大きく回転させて遠心力を十分に乗せながら鋭い突きを繰り出す。


「ウウゥ……」


 だが、その突きをクラベリナさんは易々を回避して泰三の懐へと飛び込むと、掌底をみぞおちへと叩きこむ。


「がはっ!?」


 攻撃の直後を狙われた泰三はこの攻撃をまともに受けたかと思うと、まるでトラックにでも轢かれたかのように大きく吹き飛ぶ。

 軽く見積もっても五メートル以上は吹き飛ばされた泰三は、ゴロゴロと転がりながらようやく止まるが、気を失ったのかピクリとも動かなくなる。


「た、泰三……」


 この半年で驚くほど成長を遂げたと思われた泰三があっさりと倒される姿を見て、俺は頭から水を浴びたかのように全身に汗が浮かぶのを自覚する。


 何故なら、ユウキによって操られているクラベリナさんが次のターゲットとして選んだのは、俺たちだったからだ。


「うっ……」


 氷のメスを思わせるような鋭く冷たい視線で睨まれ、俺は思わず一歩後退りする。

 すると、当然ながら俺のすぐ後ろで隠れていたソラの体にぶつかってしまう。


「……きゃっ!?」

「ソラ!」


 俺は可愛らしい悲鳴を上げながら倒れそうになるソラに慌てて手を伸ばし、どうにか倒れる前に抱きかかえることに成功する。


「ご、ごめん、大丈夫だったかい?」

「はい、大丈夫です……それより」


 ソラは潤んだ瞳で俺を見つめながら、あるお願いをする。


「コーイチさん、もう十分です。どうかお逃げ下さい」

「と、突然、何を言い出すんだ」

「コーイチさんもあの方のお力を見たでしょう? あんなの……勝てっこないですよ」


 クラベリナさんの実力を見たソラは、今の俺では彼女の足元にも及ばないことを重々理解しているようだ。


「おそらく、私が死ねばあの方の暴走も止まるはずです。そうすれば、コーイチさんは助かるはずですから……」


 そう言いながらソラは、大きな瞳から涙を零して顔を伏せる。


 …………俺は、馬鹿か!


 またしてもソラを泣かしてしまったことに、俺は自分に対して憤りを覚える。


 確かにクラベリナさんはとんでもなく強く、今の俺がまともにやり合ってもどうにかなる道筋なんてものはない。

 だが……だからといって、ここで何もせずに臆病風に吹かれて逃げ出すなんて真似、できるはずがない。


 それにまだ、俺にもできることはあるはずだ。


「ソラ、悪いけどその頼みは聞けないよ」


 俺は抱きかかえたソラをちゃんと立たしてやると、彼女に背を向けて立つ。


「心配しなくてもソラは俺が絶対に守ってみせる。だからお願いだから……俺の勝利を信じて、ソラには笑ってほしい」


 思わずキザな台詞を吐いてしまったことに、俺は自分の顔が赤くなるのを自覚するが、これだけは言っておきたい。


「大丈夫……ソラが信じてくれれば、きっとどうにかなるから」

「コーイチさん…………………………わかりました」


 ソラは目に溜まった涙を拭うと、思わず見惚れてしまうような眩しい笑顔を見せてくれる。


「お願いします。コーイチさん、どうか私を守ってください……そして、必ずや勝利を」

「任せてくれ!」


 俺は親指を立てて白い歯を見せて笑うと、油断なくクラベリナさんを眺めながら臨戦態勢を取っているシドの隣に並ぶ。


「……覚悟は決まったのか?」


 隣に並ぶと同時に、シドから声が飛んでくる。


「全く、そんなカッコイイ台詞、たまにはあたしにも言ってくれよな」

「えっ、そ、それはちょっと……」


 まるっきりお姫様を思わせるソラならともなく、仕事のパートナーで、肉親にも近い関係のシド相手となるとかなり恥ずかしい。


 俺が素直にそう告げると、シドは不満そうに口を尖らせながら「フン」と鼻を鳴らす。


「……まあいい、ここであの女を止めるぞ」

「ああ、俺たち二人ならきっとどうにかなる」

「そういうことだ」


 俺とシドは拳を軽く合わせて頷くと、


「「行こう!」」


 互いに声を合わせてクラベリナさんに向かって突撃する。

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