第388話 二人の管理者
「ふむ……こんなものか」
そう言いながらクラベリナさんがチン、と乾いた音を立てながらレイピアを腰に戻すのと、最後のゾンビ兵が消滅のは同時だった。
「団長!」
汗一つかくことなく、サラサラの髪を掻き上げながら一息ついているクラベリナさんの下へ、尻尾が付いていたらきっと激しく左右に揺れているのでは? と思うほどテンションが上がっている泰三が駆け寄る。
「おかえりなさい! いつお戻りになったのですか?」
「ほんの数時間前だ。ロキがいなくなったので探していたのだが、色々とあってここに誘われたのだよ。そういうタイゾーはどうしてここに?」
「僕は、獣人を守ると決めたので……それと、とある派閥の考えに賛同できなかったというのもあります」
「ああ、それは私も同じ想いだ」
クラベリナさんは頷きながら、鋭い視線を全てのゾンビ兵を失い、ただ一人となったユウキへと向ける。
「……さて、ブレイブ。何か私に言うべきことは?」
「い、言うべきことなんて……とんでもないです」
射貫くような鋭い視線に身をすくませながら、ユウキはわたわたと身振り手振りしながら話す。
「クラベリナ様、あなたは一つ勘違いをしています」
「勘違い……だと?」
「はい、私はただ、ここに混沌なる者と繋がる諸悪の根源である、獣人たちを懲らしめに来ただけですよ。クラベリナ様が倒したゾンビたちと、私は無関係です」
「……本当か?」
「本当ですとも。何ならタイゾーに聞いてみて下さい」
「ふむ……」
一応は納得したのか、クラベリナさんが泰三へと目を向けると同時に、
「ハハッ、すみません。クラベリナ様、ここは一旦、退かせていただきます」
ユウキは背中を向けて全力で逃げ出す。
「なっ!? ま、待て!」
完全に虚を突かれたクラベリナさんは、慌てて逃げるユウキの後を追いかける。
「――っ!?」
だが、追いかけるクラベリナさんの足がすぐさま止まる。
集落の入口へと向かうユウキの前に、下水道へと降りる階段から複数の人影が現れたからだ。
「あ、あいつは……」
現れた大剣を持った人物を見て、俺はレンリさんに自分の
ユウキと結託して俺と雄二を嵌めた元凶の一人、冒険者をまとめるギルドマスター、ジェイドだった。
「やれやれ、地下の扉を開けるのに思ったより手間取ってしまったよ」
大勢の冒険者たちと現れたジェイドは、部下たちに周囲を警戒するように指示しながら、首を巡らせて集落の様子を確認する。
「ん?」
そして、這う這うの体で逃げて来るユウキを見て、不思議そうに首を傾げる。
「おや? どうしたブレイブ、まるでボロ負けして、慌てて逃げ帰っているようだな」
「ようだ……じゃなくて、逃げているんですよ」
「……ああ、なるほど」
ジェイドは仁王立ちしているクラベリナを見て、納得がいったように頷く。
「お前さんお得意の魔物たちは、全てクラベリナに倒されたってとこか?」
「そうです……全く、あの方のチートっぷりはどうかしてますよ」
「なんだ? その、ちいとっていうのは?」
「……気にしないで下さい。要は強過ぎるということです」
興味津々に話を聞こうとするジェイドを、ユウキは辟易するように手を振って振り張ろうとするが、
「……そうです!」
何かを思いついたかのようにニヤリと笑うと、手を伸ばしてジェイドの右手を掴む。
「ジェイド、管理者用のネームタグ。持ってきてますね?」
「えっ? あ、ああ……というか俺はネームタグはそれしか持っていないぞ」
「十分です。それを取り出して下さい。今すぐに!」
「お、おう……」
……何だ?
俺は何かをねだるように右手をジェイドに差し出しているユウキを見て、胸騒ぎを覚える。
「コーイチさん……」
すると、レンリさんを見ていたはずのソラが、俺の腕に寄り添いながら話しかけてくる。
「気を付けて下さい。何だか嫌な予感がします」
「それは……例の力で見たの?」
そう問いかけると、ソラはゆっくりとかぶりを振る。
「いいえ、違います。ただ、感じたんです」
ソラは俺の手を両手で包み込むと、必死な表情を浮かべて話す。
「すみません。本当はお邪魔にならないように隅にいるべきなんでしょうけど……今は、今だけはコーイチさんの近くにいた方がいいような気がして……」
「それって、俺が死ぬかもしれないってこと?」
「……そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」
どうして自分がそういう行動に出たのかわかっていないのか、ソラの表情にも困惑の色が浮かんでいる。
「いざという時には、私のことは見捨てて頂いて構いませんので、どうか私がお傍にいることをお許しください」
「お許しくださいって……俺がソラを邪険にするわけないだろ」
俺はソラの手に自分の手を重ねると、心配ないと頷く。
「これまで何度もソラの予感に救われて来たんだ。きっとこの行動にも、何か意味があるはずだよ。だから、俺と一緒にいてくれ」
「あ、ありがとうございます」
頬を赤く染めたソラは小さく頷くと、俺の手を握りながら隣に立つ。
果たしてこの後、何が起こるのか。
俺は恐怖で震えているソラを励ますように彼女の手を力強く握りながら、周囲の状況へと目を配る。
「というわけです。わかりましたか?」
すると、ユウキの癪に障る声が聞こえ、俺はそちらへと注目する。
ユウキの右手には、骨折しても壊れなかったのか、金色に輝く管理者用のネームタグが顕現している。
さらにもう一枚、ジェイドの右手にも同じように輝くネームタグが見える。
合計二枚の管理者用のネームタグを使って、何をどうしようというのだ。
そんなことを考えていると、
「クラベリナ様!」
調子を取り戻したのか、余裕の笑みを浮かべたユウキがクラベリナさんに向かって叫ぶ。
「参りました。あなたの強さは別格です。あなたは本当に強い……震えました」
「ハハッ、何だ。今さら命乞いでもする気になったか?」
「まさか、そんなことないですよ。だからですね……」
ユウキはニヤリと笑うとネームタグを掲げる。
「あなたを、私たちの最強の
そう言うと、ユウキとジェイドの二枚のネームタグが怪しく、強く光った。
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