第387話 圧倒的女帝力

 まさかの人物の登場に、俺は空いた口が塞がらなかった。


「クラベリナさん……どうしてここに?」

「どうしてって……私が来てはいけなかったのか?」

「そ、そんなことないですけど……」


 と口では言ってみたものの、不安は尽きない。


 何故なら、最後にクラベリナさんに会った時、彼女の獣人に対する偏見と憎悪は中々のものだった。


 そんなクラベリナさんが、レンリさんの頼みを聞いて俺の救出に来たと言われても、素直に信じることはできない。

 獣人の住処に潜入するため、わざと従っている振りをしている可能性もある。


「……ふむ、どうやら私のことが信じられないようだな」


 いつも通り表情が顔に出ていたのか、クラベリナさんが納得いったように頷く。


「無理もない。コーイチと最後に会った時のことを思えば尚更だな」

「そ、そんなこと……」

「いや、私に気を使う必要はないさ。立場が逆であったなら、私を疑うのは当然だ」


 そう言いながらクラベリナさんは、黒マントを脱いでビキニアーマーを俺の前に晒す。


「ど、どうしていきなり脱ぐんですか?」

「何。私なりの誠意だよ」


 訳が分からないが、きっと自分が無害であるということをアピールしたいのかもしれない……ひょっとしたら、ただ脱ぎたいだけなのかもしれないが。


 そんなことを俺が考えていると、クラベリナさんは神妙な顔をして、自分の胸に手を当てながら話を切り出す。


「実を言うとな……コーイチ、君と会話した時からずっと考えていたことがあったんだ」

「考えていたこと?」

「ああ、コーイチがこんなにも私のことを知っているのに、どうして私は君のことを知らないのだろうってね」


 どうやらクラベリナさんは、遠征で出かけている間、何処かで俺と出会ったことがないかと、必死に記憶の糸を辿ったという。


「だが、いくら思い出そうとしても、頭に靄がかかったかのようにコーイチとの記憶は思い出せなかった……これは私にとってはかなり衝撃的だった」

「そこまでですか?」

「ああ、君は私からレド様の話を聞いたと言っただろう? 私にとってレド様の話をした者を覚えていないというのは、到底受け入れられない事態だった」


 そして、そんな鬱屈した想いを抱えたままでもしっかりとクエストをこなし、街に戻って来た時、一緒に行動していたロキが突如としてクラベリナさんの前から消えてしまう。


 そしていなくなったロキを探して、街中を歩いていたクラベリナさんの前に現れたのが、レンリさんだったという。


「本当なら獣人の言うことに耳を貸す義理はないと思ったが、彼女もまた私のことを知っているというじゃないか。そしてレド様のお付きであった私に、レド様の娘を救ってほしいという」


 しかも、レンリさんから俺とも知り合いだと聞かされたクラベリナさんは、自分の知らない真実を知るため、この地下に馳せ参じたのだという。


「だから安心して欲しい。真実を知るまで、私は君たちに危害を加えないと私と……私の誇りにかけて誓おう」

「クラベリナさん……」

「それに、どうやら私と考えを同じくする者もいるようだしな」


 そう言いながらクラベリナさんは、シドと一緒に迫るゾンビ兵と相対する泰三を見て相貌を細める。

 俺に見せる自信に満ちた顔とは違う、大人の余裕ともいえるような静かな笑みを浮かべるクラベリナさんを見て、俺は二人の間に確かな信頼関係が見て取れた。


 だが、ゾンビ兵の奥にいるユウキの姿を見つけた途端、露骨に顔をしかめたクラベリナさんは、腰に吊るしたレイピアを引き抜く。


「一先ず、ここに沸いた虫共の排除をするとしようか」

「お願いして……いいんですか?」


 俺の質問に、クラベリナさんは自信を持って頷く。


「任せておけ。その間にコーイチは、彼女の治療をして上着の一つでもかけてやれ。その格好のままでは、風邪をひいてしまうからな」

「あっ、はい……わ、わかりました」


 そう言えば半裸のレンリさんをそのままにしていたことを思い出し、俺は慌てて残りの包帯を巻いていく。


「……いい子だ。素直な子は好きだぞ」


 そう言ったニヤリと笑ったクラベリナさんは、ゾンビ兵に向かった猛然と駆け出した。




 こうして参戦したクラベリナさんの戦いは前に見た時と変わらず……いや、それ以上に迫力を増した凄まじいものだった。


「ハッハッハ、どうした。動きが止まって見えるぞ」


 一迅の風となって飛び出したクラベリナさんが通り過ぎると、そこにいたゾンビ兵がまるで漫画かアニメかと思うように吹き飛び、地面に叩き付けられると絶命したのか、雄二が死んだときと同じように細かな破片となって消えていく。


「す、凄い……」


 クラベリナさんの猛攻に、俺は唖然としながらそんな言葉を口にするだけで精一杯だった。


 地下水路でも戦ったゾンビ兵だが、奴等は手足を斬り落とした程度では、何事もなかったかのように起き上がってくるくらいタフである。

 よくゾンビ映画とかでは、ゾンビは脳……その中でも脳幹が弱点とされているが、硬い頭蓋骨に囲まれた脳を破壊するのは、容易ではない。


 事実、シドと泰三の二人がゾンビ兵共を倒しても、一撃で止めに至ることは少なく、何度も何度も倒してようやく消滅に至っていた。


 だが、ゾンビ兵の倒し方を熟知しているのか、クラベリナさんはたった一撃……しかも、まるで無双系のゲームの派手な演出を思わせるように、奴等を次々と宙へと吹き飛ばし、地面に叩き落して絶命させていく。


 クラベリナさんの圧倒的な力を前に、ユウキが用意したゾンビ兵が全滅するのは、最早時間の問題だった。

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