第390話 らしくない

 突貫する浩一たちを見ながら、ジェイドはネームタグを掲げているユウキへと話しかける。


「おいおい、まさかクラベリナ一人に全てをやらせるつもりか?」

「ええ、そのつもりです」


 ジェイドの質問に、油断なく管理者用のネームタグを掲げながら、ユウキは歌うように話す。


「ここで奴等をクラベリナ様が殺せば、ネームタグの支配が解けた時に、付け入る隙ができると思いますから」

「……つまり、罪悪感に付け込んで自分の物にしようってか?」

「まさか、あなたじゃあるまいし……私にとって、クラベリナ様はそういう対象ではありません」


 ユウキは心外だと謂わんばかりに肩を竦めながら、自分の本心を話す。


「これは私と、クラベリナ様のゲームなのです」

「はぁ、ゲームだぁ?」

「はい、実は私、元々は人殺しでして、これまで幾度となく策を弄してクラベリナ様を殺そうとしました。ですが、その全てを悉く跳ね返されてしまいました」

「……お前、そんなことまでしていたのかよ」


 まさかクラベリナを暗殺しようとしていたとは思わなかったようで、ジェイドは呆れたようにかぶりを振る。


「それで、どうして殺そうとした相手に対して、そこまで敬意を抱くようになったんだ?」

「簡単な話です。あの方は、私の策を打ち破り、暗殺を跳ね除けて尚、私にこう言うのです。面白かった、また遊んでやる。とね……これは本当に衝撃的でした」


 そうして自警団にスカウトされたユウキは、何度もクラベリナに挑むにつれ、自分の中にある感情が芽生えていることに気付く。


「驚きでした。全てを憎み、壊すことだけにしか興味が無くなっていた私に、殺したいという以外の感情が芽生えるなんてね」

「……だから壊すのか?」

「ええ、そうです。クラベリナ様の心の支えを全て彼女自身の手で壊させ、全てを知った後でも、同じように笑うのか? それとも壊れて泣いてしまうのか? それが知りたくてたまらないのです」


 だが、ユウキが信じるクラベリナなら、心の拠り所を殺した程度で壊れるはずがない。

 きっと何でもないと笑ってみせ、もっと面白いことはないかと要求してくるはずだ。


 だからユウキは、クラベリナをもっともっと追い詰める。

 これはどちらかが屈するまで続く、とっておきのゲームなのだから。


「というわけです。悪いですが、冒険者の方々には邪魔しないようにお願いします」

「わぁったよ……っていうか、下手に動いたら、お前かあの女に殺されかねないからな」


 ジェイドは呆れたように嘆息すると、部下たちにその場から動くなと命じる。

 それを聞いたユウキは満足そうに頷くと、


「さあ、クラベリナ様。本気を出してそいつ等を八つ裂きにしてください!」


 管理者用のネームタグを振りながら、クラベリナに向かって大声で指示を出す。



 そんなユウキの狂気を垣間見たジェイドは、


「……やれやれ。奴も大概イカれてるね」


 肩を竦めながら呆れたように嘆息した。




「いいか? 常にクラベリナと一定の距離を保つんだ。決して、無理に攻めようとはするなよ」


 クラベリナさんに向かって走り始めてすぐ、隣に並ぶシドから彼女と対峙する時の注意点が飛んでくる。


「基本的にあたしが奴とぶつかるから、コーイチは時々でいいからあいつの注意を惹きつけてくれ」

「……それって俺、いるかな?」

「いる。というより、真正面からぶつかったら、あたしもあそこで寝ている奴と同じ目に遭う。だからコーイチの役目は思った以上に重要だ」

「わ、わかった」


 傍から聞いているとただの邪魔者でしかないようだが、どうやらその邪魔が重要なようだ。

 ……というか、俺への指示はそれだけなのだろうか?


 クラベリナさんのような猛者と相対するのに、いくらなんでも作戦が雑過ぎるような気がする。

 もしかしてシドの奴……焦っていないか?


 何だかいつもと調子が違うシドに、違和感を覚えていると、


「任せたぞ!」


 シドは俺の肩をポンと叩いて、速度を一気に上げる。


「ま、待って……」


 何だか嫌な予感がして制止をかけるが、シドは俺の言葉を無視して大きく跳躍すると、


「クラベリナアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!」


 叫びながらクラベリナさんに向かって飛び蹴りを放つ。


 その攻撃は、クラベリナさんにあっさりと横に一歩ずれるだけで躱されてしまうが、


「このっ!」


 シドは着地と同時に手にした剣を闇雲に振って猛攻を仕掛ける。


「わからずやがあああああああああぁぁ!」


 てっきりいつものように果敢に攻めるように見せて、冷静に立ち回るかと思ったが、シドは叫びながらクラベリナさんに襲いかかる。


「いっつも少しだけ期待させておいて、簡単にあたしを裏切りやがって!」


 剣戟で火花を散らしながら、シドはクラベリナさんに向かって叫ぶ。


「母様のこともすっかり忘れているくせに、影ばかり追いかけてレド様、レド様って、残されたあたしたちの気持ちを考えたことあるのか!」

「…………」

「何を黙っているんだよ! 何か言えよおおおおおおおおぉぉ!」


 激しく切り結びながら、シドはクラベリナさんに向かって叫び続ける。


 きっとそれは、これまで抑圧してきたシドの感情が爆発したのだと思われた。

 シド……、


 まるで泣いているかのように斬りかかるシドを見て、俺はいかに彼女が、クラベリナさんに裏切られたことで傷付いたのかを知る。


 シドたちがノルン城を追われ、グランドの街に避難してきた当初、クラベリナさんは獣人たちのためにあれこれと世話を焼いてくれたに違いない。


 だが、ユウキによるネームタグの干渉によってクラベリナさんの態度が急変し、そこから生活が一気に困窮していく中でシドは王族として、亡くなった獣人王に代わって皆を引っ張っていかなければならなかった。


 実際は色々な人に助けられ、支えられたのだと思うが、それでもシドが一番頼りたかったクラベリナさんの喪失は、何よりも大きかったのだろう。


 そして、再びクラベリナさんと共闘できるかと思った矢先の裏切り……シドが泣きたくなる気持ちは痛いほどわかった。


「どうした! さっきから黙ってばかりで、何か言ったらどうだ!」

「シド、少し落ち着くんだ!」


 俺は涙を流しながら、尚もクラベリナさんに猛攻を仕掛けるシドに向かって叫ぶ。

 泣きたくなる気持ちはわかるが、無茶が過ぎる。


「このっ! このっ、このっ!」


 だが、すっかり冷静さを失っているシドは、決死の表情で尚もクラベリナさんに斬りかかり続ける。

 一見すると猛攻を仕掛けるシドが有利に動けているように見えるが、クラベリナさんは冷静に彼女の攻撃を捌き続けているので、このままでは有効打を与える前に体力が尽きてしまうだろう。


 それに、真正面からぶつかったら絶対に勝てないとシド自ら豪語していたのに、何故か正面からぶつかってしまっている。

 そんなことを思っていると、


「キャアッ!」


 可愛らしい悲鳴が聞こえ、シドが握っていた剣が宙に舞う穂が見える。

 操られているとはいっても、やはりクラベリナさんとシドの実力差はかなりあるようだ。


 シドの武器を弾き飛ばしたクラベリナさんは、左手に構えたレイピアを弓を引き絞るように引く。


「シド!」


 このままではシドの命が危ないと察した俺は、咄嗟に腰のナイフを引き抜いてクラベリナさんの背後へと回る。


 今から何をしても間に合わないかもしれないが、クラベリナさん程の猛者の気を惹くならこれしかないと、俺は彼女の背中をジッと見つめた。

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