第379話 決戦の地へ

 爆発による余波は程なくして治まり、地下水路内に再び静寂が訪れる。


「…………ふぅ」


 辺りが完全に鎮まったのを確認して、俺はゆっくりと身を起こしながら、自分の胸の中のソラへと話しかける。


「ソラ、大丈夫かい?」

「――っ!?」


 すると、何か体に異変があったのか、ソラはビクリと体を震わせるだけで、何の返答もない。


「……ソラ?」


 いきなり激しく動かしてしまった所為で、もしかしたら気絶してしまったかもしれないと思った俺は、ソラの肩を揺らしながら話しかける。


「ソラ、大丈夫かい? 何処か体が痛むとか、ないかい?」

「えっ? あっ……は、はい。その……大丈夫です」


 ようやく俺の問いに応えてくれたが、ソラの態度は何処か素っ気ない。


 もしかして、何処か怪我したのか?


 ただでさえソラの体は強くないのだ。何かあったとわかった時には手遅れでしたじゃ目も当てられない。

 俺は悪いと思いながらも無理矢理ソラの体を起こすと、彼女の肩を抱いて真っ直ぐ目を見つめる。


「ソラ、何処か悪いところがあったら、遠慮くなく言うんだ。いいね?」

「あっ、はい……体の方は大丈夫……です」

「本当か?」

「本当です……ただ」


 ソラは俺の視線から逃れるように顔を逸らすと、胸の前で指をモジモジさせながら蚊の鳴くような声で呟く。


「突然、コーイチさんに抱き締められたので……ビックリしてしまったんです」


 そう言って上目遣いで俺を見るソラの顔は、思わず見惚れてしまうほど可愛かった。


「そ、その……コーイチさん。このままだとドキドキで死んじゃいますので、そろそろ……」

「あっ……ご、ごめん」


 ソラの要請に、俺は慌てて彼女の肩から手を離しながら、そこでようやく態度が素っ気なかった理由を思い知る。


 どうやらソラは具合が悪くなったのではなく、ただ単に恥ずかしかったようだ。

 俺から距離を取ったソラと目が合うと、赤くなった顔のまま嬉しそうに「エヘヘ」とはにかむ。


「――っ!?」


 ヤ、ヤバイ……めちゃくちゃ可愛い。

 普段から落ち着いて、年頃の少女より大人びた印象のあるソラだが、こうしてたまに見せる無邪気であどけない姿は、反則かと思うくらいに可愛いと思う。

 平時であれば、このまま甘い雰囲気に流されてみたい気になるが、残念ながらそれはまたの機会にしなければならない。


 俺は内心を悟られないように、なるべく平静を装いながら話題を変える。


「そ、そういえば、泰三の奴は無事かな?」

「……ここです。どうにか無事でした」


 俺の疑問に、割とすぐ近くから声が聞こえる。

 ただ、泰三の姿が見えないので、何処にいるかと思っていると、


「……ここです」


 すぐ近くの水路から水飛沫が上がり、ずぶ濡れの泰三が通路へと上がってくる。


「……まさか、爆弾なんてものを使ってくるとは思いませんでしたが、どうにか命拾いをしました」

「怪我はないか?」

「ええ、幸いにも……ただ、逃げるのに必死で武器を回収し損ねたので、代わりの武器を手に入れなければいけませんね」

「そうか、それなら獣人の集落に行けばどうにかなると思う」

「わかりました。それについてはお任せします。ですが、今はそれより……」

「リッターの行方、だな?」

「ええ、少なくとも無事では済まないと思いますが……」


 そう言いながら泰三が見る先は、今しがた俺たちが脱出してきた通路だ。

 俺たちが逃げて来た通路は、爆発の余波によって崩落して完全に塞がってしまっている。あれでは爆発の中心部にいたリッターはひとたまりもないのでは、と思う。

 だが、念のために……、


「とりあえず、索敵してみるよ」


 俺はそう言って目を閉じてアラウンドサーチを発動させると、周囲の状況を確認する。

 すると、俺の脳裏にすぐさま赤い光点が二つ浮かび上がる。

 どうやらユウキだけでなく、リッターも生きているようだ。

 しかも驚くことに、二つの赤い光点は、既に移動を始めていた。


「…………生きているぞ」


 俺はすぐさまアラウンドサーチを解除すると、二人に向かって話しかける。


「しかも既に壊れた通路を迂回して、こちらに向かって移動し始めている」

「……ということは」

「ああ、仕方がない」


 俺はゆっくりと頷くと、次の目的地を告げる。


「獣人の集落に行こう」




 地下水路から、獣人の集落へと降りる入口は、魔物や間違って訪れた人たちが迷い込まないように鉄柵で区切られている。

 鍵も何もない鉄柵は、一見すると侵入不可に見えるのだが、実は左端の柵を掴んで引くと、簡単に開けることができる。


「こ、こんな簡単に……」


 俺があっさりと鉄柵を開けるのを見て、泰三があんぐりと口を開けて固まる。


「えっ? こんな簡単に開けられて、獣人の集落のセキュリティは大丈夫なのですか?」

「大丈夫だろう。一見して開きそうにない柵があったら、わざわざ開けようと思わない奴が殆どだし、事実としてこれまで侵入しようとしてきた者はいないらしい」


 おそらくそれは、過去に監獄だった時にあった怪事件も関係しているのだろう。

 だが、この鉄柵を閉じてしまうと、ユウキたちが来ない可能性があるので、奴を誘い込むために、鉄柵は開けたままにしておく。


「これで、大丈夫だろう」


 ここでユウキが来るのを待つのも手だが、できるならシドと合流して細かい作戦を詰めておきたい。

 俺は泰三、そしてソラに向かって頷くと、


「行こう……そこで、奴との決着をつけるんだ」


 そう言って、獣人の集落へと続く階段へと向かった。

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