第378話 既に死んだ者より、生きている者を……

 高笑いを続けるユウキからもたらされた情報は、俺にとっては絶望でしかなかった。


 ネームタグを破壊すれば、リッターが正気を取り戻して雄二としての人格が甦る。

 その考えは間違っていなかったが、それは雄二の命と引き換えにしか為されない。


 また……また俺は雄二を見殺しにしなければならないのか?


 決して覆せない非情な現実を前に、俺は呆然と立ち尽くすことしかできない。


「何をしているのですか!?」


 すると、俺の背中に泰三の声が届く。


「たった一度のチャンスだったのでしょう? それが潰えたのなら、次にあなたがすべきことはリッターを殺すことです。もし、できないと言うのであれば、今すぐ尻尾を巻いて逃げ出しなさい。僕がもう一度彼を殺します」

「…………」

「何を迷う必要があるのです。今のあなたには死にぞこないの彼より、もっと大切な……全力で守るべき人がいるのでしょう?」

「……泰三」


 責めるような泰三の言葉に、俺は振り返って、彼の後ろで不安そうにこちらを見ているソラを見やる。


 協力関係を築いたとはいえ、流石に泰三に全てを託すのは気が引けるのか、やや距離を取っているソラを見て、俺は自分が立てた誓いを思い出す。


 ソラを守り、いつか明るい陽の下で家族みんなでお出かけする。


 もともと雄二を助けられる可能性はゼロに近かったのだ。だったら今は、自分が為すべきことを……絶対に守らなきゃいけないソラを守り通すべきだ。


「……そうだな。チャンスは一度きりだったな」


 俺は自分を納得させるための想いを口にしながら、流れていた涙を乱暴に拭う。


 ありがとう泰三……そして雄二、ごめん。


 俺は心の中で親友たちへの想いを口にしながら、右手でナイフを抜いて構える。


「雄二を救えないのなら、せめて俺の手で…………楽にしてやるよ」


 これ以上、雄二の死をユウキなんかに冒涜されてたまるか。

 幸いにも、まだリッターはとりもちだけでなく、泰三の長槍によって拘束されているので、今なら止めを刺すのは赤子の手をひねるよりも簡単だ。


 覚悟を決めた俺は、痛む肩に顔をしかめながらも、とりもちから逃れようと暴れ続けているリッターへと歩み寄る。

 すると、


「ハハッ、まさか私が、このままリッターがやられるのを黙って見過ごすと思いですか?」


 俺を再び挫くため、ユウキが立ち上がる声が聞こえる。


「仕方ありません。ここは私自ら、動くとしますよ」

「…………」


 だが、俺は奴に一瞥くれただけで、再びリッターへと視線を戻す。

 何故なら今回は今までとは状況が違い、ユウキの声は聞こえても脅威とは思わなかったからだ。


 どういうわけか、ユウキは俺に肉薄するどころか、まるで逃げるかのように距離を取っていた。

 その距離は優に数十メートルもあり、奴が持つカンテラの灯りも、既に豆粒ほどの大きさになっている。


 まさかとは思うが、怖気づいたのだろうか?


 奴の本意はわからないが、これだけ離れていれば、奴が俺の背後を突いて攻撃を仕掛けるより早く、リッターに止めを刺すことはできるだろう。

 俺はユウキの戯言はただの脅しだと判断し、もがき続けるリッターの背後へと回る。


「……雄二、今楽にしてやるからな」


 そう言いながら、ナイフを構え、背中に浮かび上がる黒いシミへと注目する。

 すると、


「コーイチさん、後ろです!」

「――っ!?」


 突如としてソラの悲鳴にも似た声が聞こえ、俺は反射的にその場から飛び退く。

 次の瞬間、俺が立っていた場所に何かが飛んでくる。


 バチバチと火花を散らす球状の物体を見て、俺の顔から一気に血の気が引く。


「ばっ……」


 ユウキが俺から距離を取ったのは、このためだったのか?

 球状の物体が何かに気付いた俺は、声をかけてくれたソラに向かって走ると同時に、泰三に向かって叫ぶ。


「爆弾だ!」


 そうとだけ告げた俺は、泰三も上手く逃げてくれると信じて、ソラの体を体当たりする勢いそのままに抱き上げる。


「キャッ!?」


 ごめん、ソラ……今は事情を説明している暇はないんだ。

 鋭く走る肩の痛みに思わず顔をしかめるが、死ぬことに比べればどうということはない。


 俺は羽のように軽いソラの体をしっかりと胸に抱きかかえると、必死になった足を動かして通路の出口へと向かう。

 そうして通路を飛び出すと同時に、背後がまるで真昼の太陽の下にでも出たかのように閃光が発生するのが確認できたので、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!」


 俺は雄叫びを上げながら、大きく真横へとダイブする。

 次の瞬間、大地を揺るがすほどの振動と大音響を響かせ、俺たちがいた通路が大爆発が起こした。


「クッ……」


 爆風から生まれた余波からソラを守るように、俺は必死になって彼女の体を抱える。


 爆発で生まれた熱風は一瞬だったが、それでも焼かれた背中の痛みは鋭く、さらに通路が崩落したのか舞い上がる埃で視界は閉ざされ、叩きつけるような破片が舞って俺たちに襲いかかってくる。


「きゃああああああああああああああああぁぁ!」

「大丈夫。俺が絶対に守るから……」


 そんな中、俺はソラの柔肌を傷付けるわけにはいかないと、さらに力を籠めて彼女の体を抱き、嵐が過ぎるのを丸くなって耐え続けた。

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