第377話 また一緒に食事にでも
泰三が繰り出したディメンションスラストは、壁に手をついたリッターの右手甲を捉え、易々と貫いてみせる。
「よしっ!」
狙い通りに事が進んだことに、俺は思わずガッツポーズをする。
これでリッターの右手に入っているネームタグを破壊することができれば、雄二は記憶を取り戻し、ユウキの呪縛から逃れることができるはずだ。
「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ……」
壁に縫い付けられたリッターは、ネームタグを破壊されたことの反動か、絶叫を上げながらのたうち回る。
その所為でさらにとりもちが体に張り付き、リッターの動きはどんどん緩慢になっていく。
それを見て、泰三が長槍を手放してリッターを壁に縫い付けたのを確認した俺は、
「泰三、ソラのことを頼んだ!」
そう叫びながら、泰三を追い越してリッターへと向かって走る。
縫い付けられた右手だけじゃなく、残る三本の手足も、とりもちによって拘束されたリッターを見て、俺は思い切って彼の顔を掴むと、超至近距離で叫ぶ。
「雄二!」
「ウウッ…………」
「雄二、俺だ。浩一だ!」
「ウガアァ…………コ…………イチ?」
「そうだ。浩一だよ。お前の親友、浩一だよ!」
やはりネームタグを破壊されたことで、ユウキによる再調整も無駄に終わり、雄二としての人格が表に出て来ているように思える。
畳み掛けるにはここしかない。
そう判断した俺は、顔を掴んだ雄二の目を見て、必死に呼びかける。
「雄二、戻ってこい! そして……そしてまた、俺と泰三、そして雄二の三人で一緒に飯でも食べよう、なっ?」
「ア…………アアッ…………コーイチ…………コーイチィィ!」
雄二としての人格が戻りつつあるのか、リッターの目から涙が流れ始める。
それを見て、俺の目からも涙が溢れ出す。
よかった。これで、雄二もまた俺たちと一緒に……、
「コーイチ…………」
思わず涙ぐんでいると、叫びから一転した静かな雄二の声が聞こえる。
もしかしなくても、正気に戻ったのだろう。
「わ、悪い……」
俺は流れてきた涙を拭いながら、雄二へと話しかけようとする。
だが、
「シネエエエエエエエエエエエエエエエエェェェ!!」
俺の目に飛び込んできたのは、憤怒の色を浮かべて大口を上げて迫る雄二の顔だった。
「えっ?」
雄二が正気を取り戻していたと思っていただけに、俺は完全に不意を打たれる形になった。
次の瞬間、俺の左肩に視界が真っ赤に染まるほどの激痛が走る。
「あがっ!?」
痛みに反応して目を向けると、俺の肩に雄二の口ががっちりと喰い込んでいた。
どうして? と考えている暇など無い。噛みつかれた肩からは、血が吹き出し、このままでは肩の肉どころか骨まで嚙み砕かれかねない。
「――クッ!」
一瞬だけ……ほんの一瞬だけ、雄二の顔を傷付けることを躊躇いそうになったが、俺は無事な右手でポーチの中から灰の詰まった瓶を取り出し、中身をぶちまける。
「グギャアアアアアアアアアアア!」
ゾンビ兵となっても痛覚は存在するのか、雄二は苦しそうな叫びながら口を離したので、俺は慌てて後ろに飛び退いて距離を取る。
十分に離れたところで自分の肩へと目を向けると、そこは食い千切られることは避けられたが傷口は深く、左腕を少しでも動かすと、その度に激痛が走って顔をしかめるほどだ。
「ゆ、雄二……」
口の端から血を流しながら、こちらを睨んでいるリッターを見て、俺は肩の痛みに堪えながら呆然と立ち尽くす。
ついさっきまで、ネームタグの破壊に成功し、雄二としての人格を完全に取り戻せたと思っていた。
「コ、コーイチィィ……コロス………………コロシテヤルルルウウゥゥ……」
だが、解けたと思った呪縛はまだしっかりと残っており、リッターは怨み言を吐きながら、とりもちから逃れようと激しく暴れている。
どうして……どうしてネームタグを破壊したはずなのに、リッターは正気を……雄二としての人格を取り戻さないのだ。
まさか、泰三が放ったディメンションスラストは、奇跡的にネームタグを捉えていなかったのだろうか?
それとも、そもそもの作戦が間違っていたのだろうか?
でも、だからといって雄二を救うことを諦められるはずがない。
俺は、他に何か手はないかと、あれこれと考えを巡らせる。
すると、
「……いやはや、実に惜しかった。後少しだったんですけね」
俺の耳に、ユウキの嘲笑するような声が聞こえる。
「実際、たいしたものですよ。もし、リッターの右手にネームタグを仕込んでいたら、今ので正気を取り戻したかもしれませんね……もっとも。右手にあれば、ですが」
「クッ、ということは……」
「右手じゃなく左手にあると思ったら大間違いですよ」
俺の考えを見透かしたかのように、顔を歪めたユウキが捲し立てる。
「せっかくだから教えて差し上げましょう。リッターのネームタグはここ、ここです」
ユウキは自分の胸をトントン、と叩きながら話す。
「そう……体の核である心臓に組み込まれています。もっとも、それを潰して正気を取り戻せたところで、すぐに死んじゃいますけどね」
「そ、そんな……」
「悔しいですか? 悔しいですよね? どうぞ好きなだけ絶望して下さい。ハヒャ、フヒヒ……ヒャーッハッハッハッハッハ!」
救いようのない事実を聞かされて愕然とする俺に、ユウキの高笑いが響き続けた。
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