第376話 背水の陣で挑む

 目を開けると、カンテラを掲げた余裕の笑みを浮かべたユウキと目が合う。


「フフッ、コーイチ君。やはりあなたは私と考えが似ていますね」

「……俺とお前が似ているだって? 冗談も大概にしろよ」

「いえいえ、あなたがどうして戦えない……さらには命を狙われているはずのその少女を連れているのか、私には手に取るようにわかりますよ」


 ユウキはカンテラをゆらゆらと揺らしながら、ニンマリと口角を上げて笑う。


「そうやって最高の餌を吊るしておくことで、本命である私を誘っているのでしょう? その少女がいるとわかれば、私はあなた方から目が離せなくなりますからね」

「……どうだかな」


 俺は大袈裟に肩を竦めながらも、ユウキの指摘通りなことに、自分でも嫌気がさす。


 ここでユウキにソラの姿をわざと晒したのは、ここで奴と決着をつけるという俺なりの意思表示だった。

 ユウキの最終目標がソラを殺すことである以上、奴も他に目移りすることなく、最後まで追いかけてくるはずだからだ。


 ソラを絶対に守ると誓った俺と、ソラを絶対に殺したいユウキ……、


 これは互いの存在意義を賭けた、最終決戦になると俺は踏んでいた。


「…………」


 俺は既に勝利を確信しているのか、余裕の笑みを浮かべたユウキを守るように、すぐ背後に立つリッターへと目を向ける。


 もはや正体を隠す気はもはやないのか、リッターは鉄仮面を被っておらず、素顔を晒したままだ。

 ただ、晒された雄二の顔は、先程の俺の名前を呼んだ時の様な取り乱した顔から一転して、まるで感情が消えてしまったかのように無表情だ。


「……雄二」


 俺は一切の感情が見えないリッターを不気味に思いながらも、万が一を想定して、腕にしがみついているソラへと話しかける。


「ソラ、俺の後ろに……」

「は、はい」


 俺の後ろに隠れたソラは、震える手で俺の背中にしがみついている。

 無理もない。俺を助けるためにリザードマンジェネラルの前に立ったことがあるとはいえ、ソラは実戦経験は皆無なのだ。

 震えてこそいるが、腰が抜けることなく、こうして立っているだけでもたいしたものだ。


 俺は少しでもソラが安心できるように、背筋をピンと伸ばして威風堂々と立つ。

 後は、リッターを説得できるかどうかだが、今の彼の様子を見る限り、何だかとても嫌な予感がする。


 だが、だからといって簡単に諦めるつもりはない。


「雄二……俺の声が聞こえるか?」


 俺は試しにリッターに向かって声をかけてみるが、


「ああ、無駄ですよ」


 俺の声を遮るように、ユウキが話しかけてくる。


「先程は、あなたに彼の心を乱されてしまいましたからね。だからそういったことが起きないように、再調整させていただきました」

「さ、再調整って……」

「何を驚いているのですか。道具が壊れたら使えるように修理する……当然でしょう?」

「――っ、お前!」


 リッターを……雄二を道具扱いされ、俺の頭に一気に血が昇る。


「雄二! お前、こんな男にいいように使われていいのか!? そいつは、お前の恋人のラビィちゃんを殺した奴なんだぞ!」

「…………」


 俺は必死になって叫ぶが、リッターは何の反応も見せない。


「ま、まさか本当に、俺の声が聞こえていないのか?」

「だから言ったでしょう。彼のことは調整済みだと」


 ユウキは余裕の笑みを浮かべながら、金色のネームタグを取り出す。


「ちなみに、今回の調整で新たな情報をリッターに与えました」

「な、何だと……」

「いいですか? リッター、よく聞きなさい」


 ユウキは辟易するようなシニカルな笑みを浮かべると、リッターの耳元でとんでもないことを囁く。


「目の前の男が君の探していたコーイチですよ……そう、君の恋人であるラビィを殺した、ね?」

「んなっ!?」


 何だよ。そのとんでもない改変は……、


 そんな都合のいい再調整があってたまるか。と抗議の声を上げたくなっていると、


「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!」


 雄叫びを上げながら、リッターの体が再びバンプアップして巨大化する。


「コ、コーイチさん?」

「大丈夫……大丈夫のはずだから」


 俺はソラを安心させるように無理矢理笑ってみせながら、自分の周囲を確認する。

 俺がリッターを説得するのに選んだ場所は、彼が動くには辛く、俺が動くには申し分ない程度に天井が低く、幅の狭い一本の通路だ。

 地下水路を造った時に、異なる通路を繋げるために増設された通路なのか、地下水路内にはいくつかこういった場所がある。


 その中でもここは獣人たちの集落へと繋がる階段の近くで、ここにはある仕掛けが施されている。

 さらに、何かあった時には手持ちのアイテムを全て使って、どうにかして逃げるつもりだ。


「あれだけ巨大化してしまえば、この通路を駆けてくることなんか……」


 そう思う俺だったが、そこで信じられないものを見る。

 叫び終わったリッターが、身を屈めたかと思うと、地面に手をついて四足歩行の姿勢を取ったのだ。


「ま、まさか……」

「そのまさかですよ! さあ、リッター。憎い敵を倒して敵を討ちましょう!」

「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!」


 ユウキの声を皮切りに、リッターが獣の如く駆け出す。

 しかも、その速度たるや本物の獣かと紛うほど早く、あっという間に俺たちへと肉迫してくる。


「う、うわああああああああぁぁ……」


 リッターの予想外の行動に、俺は情けない叫び声を上げながら、慌てて逃げ出そうとソラの肩を抱いて背中を見せるが、


「……何てな」


 ニヤリと笑って、再びリッターへと対峙する。

 次の瞬間、


「――ッ、ウガッ!?」


 暴走列車のように猛然と突き進んでいたリッターの突進が、ピタリと止まる。


 よ、良かった……効いてくれた。


 俺は内心でヒヤヒヤしながらも、動かなくなったリッターを見やる。


「ガアァ……ウガアァ…………」


 呻き声を上げながらもがくリッターの体には、ネバネバと糸を引く粘着質の物質がこびりついている。


 これこそ、俺がリッターと対峙するのに、この通路を選んだ最大の理由だった。


 獣人の集落に最も近いこの通路には、日頃から集落に迷い込む魔物を排除するため、とりもちの罠を常備しているのだ。

 といっても、このフロアの大半を占める魔物、大ネズミと比べて巨大で、比較にならないほどの強力な突撃を持つリッターを封じるため、俺は集落に用意してある全てのとりもちを仕込んでおいた。


 それでもリッターの突撃を止められるかどうかは半信半疑だったが、結果として作戦は上手くいった。


「ガアアアアアァァァ!」


 全身に絡みつくとりもちから逃れようと、リッターが力尽くで腕を動かすが、手をついた先の壁にもとりもちが付着しており、さらにリッターの動きを拘束する。

 そして、ここまで条件が整えば、リッターを説得する最初で最後のチャンスを得たも同然だった。


 完全にリッターの動きが止まったのを確認した俺は、


「泰三、いまだっ!」


 近くに待機している泰三に向かって大声で叫ぶ。


「……全く、そんな大声で出さなくても聞こえますよ」


 すると、すぐさま泰三の声が聞こえ、あっという間に俺たちを抜き去って壁でもがいているリッターへと迫ると、


「ディメンションスラスト!」


 ガード不可能の必殺の突きを繰り出した。

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