第375話 未来の約束
ミーファとリムニ様の二人に別行動を取ってもらう。
この交渉は、主にミーファが原因で非常に難航したが、俺はそれでもどうにかミッションをやり遂げることができた。
「ふえぇ、おにーちゃん、ぜったい……じぇったいにかえってきてね」
「ああ、約束するよ。絶対にミーファのこと、迎えに行くから」
俺はミーファと指切りをして、小さな体を抱き締めて背中をポンポンと二回軽く叩いた後、彼女の体をロキの背中へと乗せてやる。
「それじゃあ、ロキ。ミーファとリムニ様のこと、頼んだぞ」
「わん!」
俺の願いに、ロキは「任せろ」と力強い声で吠えると、二人の少女を背中に乗せて地下水路を颯爽と駆けていった。
よし、これであの二人の安全は保障されたも同然だろう。
ロキの背中から振り落とされないように、必死にしがみついているリムニ様の背中を見ながら、俺は二人の無事を祈る。
ミーファたちに頼んだのは、地下から脱出してオヴェルク将軍やマーシェン先生といった事情を知る大人に助けを求めてほしいというものだった。
正直なところリムニ様の怪我の具合があまり良くなく、一刻も早く治療した方がいいという判断があったのと、これ以上、幼い二人を危険な目に遭わせたくないというのが強かった。
「それじゃあ、あたしもそろそろ行くよ」
ミーファたちの姿が完全に見えなくなったところで、シドが俺の肩を叩きながら話しかけてくる。
「コーイチのことだから心配していないが、無理だけはするなよ」
「わかってるよ。それよりシドの方は大丈夫か?」
「心配いらないよ。いざとなったら力で言うこと聞かせるからさ」
「お、お手柔らかに……」
「ハハッ、冗談だよ」
心配する俺に、シドは軽く手を振りながら去っていく。
シドには地下二階にある獣人の集落に戻って、住民たちへの退避願いと、今後の作戦のための準備をお願いしてある。
雄二の説得に失敗した場合は、集落まで逃げることになっているが、できればここで解決したいところだ。
泰三には雄二を説得する際の作戦を伝えてあり、この近くで待機してもらっている。
つまり、ここには俺とソラの二人だけということになる。
「…………」
俺は冒険者たちが落としていったカンテラを拾い集め、一か所に油を集めているソラを見る。
幼い二人と同じように非戦闘員であるにも拘わらず、ソラにはこの場に残ってもらった。
ユウキの狙いがソラである以上、彼女にはどうしても俺たちと一緒に危険を冒してもらう必要があった。
三人同時は厳しいかもしれないが、ソラ一人を守るだけならどうにかなる……いや、どうにかしてみせなきゃいけない。
そう固く決意しながら、俺は真剣な表情で道具を物色しているソラを呆然と見ていた。
「……どうしたのですか?」
すると、俺の視線に気付いたのか、煌々と輝くカンテラを手にしたソラがとてとてとやって来る。
「コーイチさん、私に何か御用ですか?」
「あっ、いや、その……」
俺は何と言ったらいいものかと後頭部を掻きながら、ソラに自分の想いを告げる。
「守ると言ったのに、危ない目に遭わせることになってゴメンね」
「いえいえ、お気になさらないでください」
ソラは気にしていないと大袈裟にかぶりを振りながら、笑顔を浮かべる。
「実はですね……私、嬉しかったんです」
「嬉しかった?」
「はい……私、たまに見る不思議な夢が、まさか母様の力だとは、思いもしませんでした。どうしてこんな力があるのか? こんな力が無ければ、辛い目に遭わずに済んだのかなって思ったこともありました」
「ソラ……」
「ですが、この力が母様から受け継いだ力だと聞かされ、私、今まで嫌っていたこの力と、はじめて向き合おうって思ったんです」
ソラは手を伸ばして俺の手を握ると、大事そうに両手で包み込む。
「母様が遺してくれたこの力のお蔭で、私はコーイチさんとの繋がりを得ることができました。それにもし、この力を制御することができれば、きっと今よりもコーイチさんのお役に立てると思うんです」
「そんな、無理しなくていいよ」
「無理したくなりますよ。だって力を制御できれば、混沌なる者の封印に奪われる力も減って、私が倒れることも少なくなるんですよね?」
「確証はないけど……多分」
「だったら尚更です。私、こう見えて欲張りなんです」
ソラは、俺の手を包み込んでいた手を滑らせながら横に移動して、恋人のように腕を組むと、わさわさと尻尾を振りながら歌うように話す。
「力を制御できるようになって、今よりも健康な体を手に入れたら、眩しいお日様の下を、こうしてコーイチさんと腕を組んで歩きたいんです。いっぱい歩いて、お弁当を食べて、ゆっくりとお昼寝するんです」
「それは……素晴らしいな」
「でしょ? 他にも、街でウインドウショッピングもしたいです。素敵なお洋服を買って、いっぱいコーイチさんに褒めてもらうんです……褒めてくれますよね?」
「そりゃ、モチロン。ソラは何を着ても似合いそうだからね」
「フフッ、ありがとうございます」
ソラは組んでいる腕をさらに絡めるように力を籠めると、俺に寄りかかってくる。
「本当、いつかそんな日が来るといいですね?」
「……来るさ。俺が、ソラの夢を叶えてみせるよ」
普段の俺なら恥ずかしくて絶対に言わないような台詞だが、不思議と今はそんな気がしない。
「ソラ、君を必ず守るから……だから俺に、君の命を一旦預けてくれ」
「…………はい、喜んで」
頬を赤く染め、うっとりとした表情で頷くソラに頷き返した俺は、ゆっくりと目を閉じてアラウンドサーチを起動する。
脳内に広がる索敵の波には、俺たちの下へ向かって移動するいくつもの赤い光点が浮かび上がる。
ゾンビ兵の包囲網が突破されたこと、そしてミーファたちが別行動を取ったことも、当然ながらユウキも気付いているだろう。
ただ、奴は逃げるロキたちには目もくれず、こちらに来ると踏んでいた。
何故なら、認めたくはないが、奴の思考回路は俺と何処か似ているからだ。
最終目標はソラを殺すことに違いないから、戦力のいくつかはロキたちに割くかもしれないが、自分はリッターを引き連れてここに来る。
そう読んだ俺は、リッターを……雄二を説得するに最適な場所を選んで待機していた。
そして、その読みは間違っていなかった。
「フフフ、こんな所で獣と逢引きとは、つくづく君という人間とは気が合いそうにありませんね」
暗闇の向こうからユウキの声が聞こえ、俺はゆっくりと目を開けた。
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