第374話 一度でいいから……

 泰三から信用を得るために、俺はありのままの事実を話した。


 当初、この場にソラがいるので彼女が狙われていること、それがレド様の力を受け継いだ所為であることをは黙っておこうと思った。

 だが、状況から既に自分が狙われていることを察していたソラの強い願いもあって、俺は全てを包み隠さずに話すことにしたのだった。




「……まさか、そんな」


 俺から全ての話を聞いた泰三は、青い顔をして小さく震える。


「ブレイブさんが、かつてイクスパニアを恐怖に陥れた殺人鬼というのもわかりますが、その目的が、混沌なる者を目覚めさせることだったなんて……」

「信じられないかもしれないが、本当の話だ」


 俺は真実を知って硬い表情になっているソラの手に、自分の手の重ねる。


「……コーイチさん」

「大丈夫。安心していいよ」


 ソラを安心させるために彼女の手を強く握り、笑顔で頷きながら、俺は泰三に自分の決意を話す。


「言っておくが、俺がソラを守るのは、彼女の命を守ることでこの世界を守れるからじゃない。俺にとってソラはかけがえのない……とても大切な人だから守るんだ。そして、その為ならな、どんな手を使うことも厭わないつもりだ」


 俺は泰三に誠心誠意を込めて深く頭を下げる。


「だからお願いだ。泰三、ソラを守るため、俺の大切な家族を守るためにも、力を貸してくれ」

「わ、私からもお願いします」


 すると、俺に続くようにソラも深々と頭を下げる。


「…………」


 地面に付きそうなほど深々と頭を下げる俺たちを、泰三は暫し無言で見つめていたが、


「…………ふぅ、わかりました」


 観念したように大きくかぶりを振りながら、了承する。


「流石に混沌なる者を復活させるわけにはいきませんからね。とりあえず、ブレイブ……ではなくユウキ野望を止めるまでは力を貸しましょう」

「あ、ありがとう。助かるよ」


 俺は何度も頭を下げながら、泰三の手を取ろうとする。


「でも、気安くしないで下さい」


 だが、泰三は俺の手をするりとかわしながら、疑うような視線を向けてくる。


「それで……もし、ユウキを倒せたとして、その後はどうするのですか? 見たところ、彼女は随分と衰弱しているようですが……それも力の所為なのですよね?」

「勿論、その後のことも考えてある」


 泰三の質問に、俺は自信を持って頷く。


「最善は、俺たちがこの世界に来た時に見つけた霊薬エリクサーを見つけることだが、この望みは薄い。だから、ソラに力の制御の仕方を教えてくれる人を探そうと思う」

「……そんな当て、あるのですか?」

「ああ、ある」


 そう言いながら、俺はその当てについて話す。


 これはオヴェルク将軍から、ノルン城での話を聞いた時から考えていたことだ。

 異世界への路を見ることができるレド様が中心となって創られた召喚術だが、この術の開発には多くの人間が関わっている。


 召喚術用の魔法陣を開発したエルフ。

 異世界の路を観測するための装置を開発したドワーフ。

 そして、それら全ての力を一つに束ね、召喚術を完全なものへと昇華させた人間。


 これらの人物は、召喚術を手に入れようとした他国の間者によって攫われたり、殺されたりしたという話だが、きっと生き残って今も生きている人もいるはずだ。


「だから俺は、召喚術に携わった生存者を探そうと思う。特に魔法に長けているというエルフに会うことができれば、きっとどうにかなると思うんだ」


 それにエルフといえば、金髪、長耳、そして弓の名手という異世界に来たのなら、是非とも会っておきたい種族の筆頭だ。

 この世界のエルフが想像通りの種族だとは限らないが、シドたち獣人たちも想像通りの見た目をしているのだから、十分に期待が持てると思われた。


 下心と言われれば否定はしないが、それでもこうして未来に希望を持つことで、現状を打破する力を得られることもある。

 まだ見ぬエルフへの希望は尽きないが、先ずは目の前の問題を解決することが必然だろう。


 俺は「ふぅ」と一つ息を吐いて間を整えると、改めて泰三に向き直る。


「……とまあ、色々と話したが、全てはユウキの野望を止めてからだな」

「そうですね……ですが、僕たちの前に立ちはだかる敵は強敵です」

「ゾンビ兵となった雄二のことだな?」

「ええ、僕としては、リッターの方がしっくりきますがね」


 泰三は頷きながら、探るように俺を見つめる。


「一つ確認しますが、あなたの友人だというリッターをどうするつもりですか?」

「どうするとは?」

「まさかとは思いますが、説得するなんて言わないですよね」

「そのことだが……」


 訝しむ泰三の視線を真っ直ぐ見据えながら、俺は批判を承知で考えを話す。


「一度だけ……一度だけ、雄二を説得するチャンスをくれ」

「――っ、あなたって人は!」

「わかってる。これは俺の完全な我儘だ」


 俺は今にも殴りかかって来そうな泰三をどうにか宥めながら、必死に言葉を紡ぐ。


「何度も言うが、リッター……あの頭部の雄二は、俺と泰三、俺たち二人のかけがえのない親友なんだ。あんな姿にされても、俺は雄二を助ける方法があるなら助けたいんだ」

「僕には知ったことじゃない。ただ、それに巻き込まれる人のことも考えて下さい! その中にはあなただけじゃない、あなたの守りたい大切な人もいるんですよ?」


 泰三は厳しい口調で俺を責めながら、シドの方を見る。


「そこのあなたは、妹の命がかかっているのに、この男の我儘に付き合うつもりですか?」

「そうだな……あたしは構わないさ」


 シドは何の問題もないと苦笑しながら肩を竦める。


「こう見えて、コーイチはやる時はやるし、言ったことは守る男だ。一度だけチャンスをくれって言うなら、一度はくれてやるさ」

「わ、私も大丈夫です」

「よくわかんないけど、ミーファも」


 シドが了承すると、続いてソラ、ミーファも賛同してくれる。


「ああ、もう! あなたたちは……」


 外堀から埋めようとしたのだが、思うようにいかなかった泰三は、頭をガシガシと掻きながら苛立ちを露わにする。

 だが、まだ納得いかないのか、今度は静かに事の成り行きを見守っているリムニ様やミーファを指差しながら、さらに捲し立てる。


「これ以上、何を言っても無駄なのはわかりました。でも、こんなにも非戦闘員を……しかも年端もいかない子供たちをゾロゾロと引き連れて戦って守り切れるのですか?」

「大丈夫。それについても考えてある」


 流石にこの場にいる全員でこれから先の戦いを切り抜けられるほど、この世界は甘くないし、それだけの力が自分にはないのはわかっている。


 俺はソラの隣で寄り添うようにしてニコニコと笑顔を浮かべているミーファへ、そして少し離れてちょこんとお行儀よく座っているリムニ様へと目を向ける。


「ミーファ、それにリムニ様の二人に頼みたいことがあるんだけどいいかい?」

「な~に?」

「……なんじゃ?」


 可愛らしくコテン、と首を傾げるミーファに、そして静かに顔を上げたリムニ様の二人に俺は静かにあるお願いを切り出す。


「二人にはここで俺たちと別れて、別行動を取って欲しいんだ」

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