第373話 小休止

 無事にゾンビ兵の包囲網を突破した俺たちは、ロキの案内でシドたちが隠れている場所までやって来た。


 途中で拾ったカンテラの灯りを頼りに、俺はいくつかある水が流れていない導管の一つに向かって声をかける。


「シド……ソラ、ミーファいるかい?」


 すると、


「おにーちゃん!」


 導管の中から小さな人影が飛び出して来て、俺の腰に抱きついてくる。


「よかった。おにーちゃん、かえってきた」

「ああ、ミーファも無事でよかった」


 俺は腹部への痛みに若干顔をしかめながらも、カンテラを腰に固定してミーファを抱き上げると、彼女の頭をよしよしと撫でてやる。


「むふ~」


 頭を撫でられたミーファは尻尾をわさわさと激しく振り、幸せそうな笑顔を浮かべながら、俺にスリスリと頬擦りしてくる。


 ……ああ、癒される。


 リッターの正体が雄二と、複数人の死体を継ぎ合わせ造られたゾンビ兵だったという衝撃の事実に、俺の精神はかなり削られ、心折れそうになった。


 だが、こうしてミーファと触れ合えると、その度に生きる意味を思い出させてくれる。

 シド、ソラ、そしてミーファという三人の大切な家族を守る。

 血の繋がりはないが、見ず知らずの他人だった俺の命を救ってくれ、本当の家族のように無償の愛を注いでくれた三姉妹を、俺は命を賭けて守りたいと思っていた。


 特にミーファは、甘えん坊な性格もあって、積極的にスキンシップをはかってくれるので、落ち込んだ時とか、精神的に参った時には、彼女の天真爛漫さに幾度となく救われてきた。


「ねえねえ、おにーちゃん、もっと、もっと撫でて!」

「ハハッ。わかったわかった」


 俺は苦笑しながら、頭をずいっ、と差し出してくるミーファの頭をこれでもかと撫でてやる。

 すると、


「こら、ミーファ。コーイチは疲れているんだから、甘えるのはそこまでにしな」


 涼やかな声が聞こえ、俺に抱きついているミーファを抱え上げる。


「ああっ、ああっ……やだ! もっと……」

「もっとじゃない! 今はコーイチを休ませてやるんだ」


 ジタバタと暴れるミーファをしかと押さえつけながら、シドが三白眼で俺のことを睨んでくる。


「コーイチも、あんまりミーファを甘やかすなよな」

「あ、ああ……ごめんよ」

「全く……謝罪はいいから腰を下ろして少し休め。ほら、早く!」

「あ、ああ……」


 今の俺は、そんな見るからに疲れているのだろうか?

 猶予は余りないと思うのだが、この先のことを考えると、ここはシドの忠告に従った方がいいのかもしれない。


「それじゃあ、ちょっとだけ休ませてもらうよ」


 俺は一言断りを入れてから、ゆっくりと腰を地面に落ち着かせる。

 一応、ロキが周囲を警戒してくれているはずだから、何かあった時は、すぐに知らせてくれるだろう。


 そんなことを思いながら壁に背を預けると、


「――っ!?」


 シドの言う通りかなり疲労が溜まっていたのか、体重が一気に何キロか増えたのかと錯覚するほどの気怠さに襲われる。


「……コーイチさん」


 そのままゆっくりと目を閉じようとすると、蚊の鳴くような静かなソプラノボイスが聞こえ、俺は声のした方へと顔を向ける。


「……ソラ」


 そこには、相変わらず顔色がよくないソラが、儚げな笑顔を浮かべていた。


「コーイチさん、これを食べて下さい」


 そう言ってソラは、俺にキラキラと光る四角い結晶を差し出してくる。


「氷砂糖です。甘いものを食べると、元気が出ますよ」

「ああ、ありがとう」


 俺は氷砂糖を一つもらうと、口に放り込んで舌の上で転がす。


「…………はふぅ」


 仄かに感じる優しい甘さが、体全体にじんわりと染み込んでいくような感覚に、俺は思わず破顔しながらソラに礼を言う。


「ありがとう。ソラ、少し元気が出たよ」

「フフッ、よかったです」

「気持ちは嬉しいけど、どうして氷砂糖なんか持っていたんだい?」

「ああ、いえ、それなんですが……」


 俺の問いに、ソラは気まずそうに視線を逸らしながら微苦笑を浮かべる。


「実は、ゾンビが現れて、驚いた自警団の皆さんが慌てて逃げ出したので、何かないかと探していたら……」

「ああ、なるほど……」


 流石にこの氷砂糖は、自室で気絶してしまったソラが用意したものではなかったようだ。

 だが、こんな状況でも冷静に自警団の連中が置いていったものを漁り、ちゃっかりと必要なものを手に入れている辺り、ソラの体調は悪くても、集落に住む女性に見られる逞しさは健在のようだった。


「あ、あの……」


 するとソラは、少し離れたところで居心地悪そうに立ち尽くしている泰三へと話しかける。


「あなたも……よかったら食べて下さい」

「えっ? で、でも、僕は……」

「立場なんて関係ありません。コーイチさんがお連れになったということは、私たちの手助けをして下さるんですよね?」

「あっ、はい……そのつもりです」

「でしたら尚更です。拾ったもので恐縮ですが、これで疲れを取ってください」

「わ、わかりました」


 ソラの有無を言わさない迫力に呑まれたのか、泰三はおそるおそる歩み寄って来て、氷砂糖を一つ摘んで口へと運ぶ。


「…………おいしいです」

「そうですか。それはよかったです」


 ソラは泰三にニッコリと微笑むと、自分の胸に手を当てて優雅に微笑む。


「はじめまして、私はソラと言います。こうして会ったのも何かの縁です。あなたのお名前を教えていただけますか?」

「あっ、は、はい。僕は坂上泰三……泰三です」

「タイゾー様ですね。もしかしなくても、あなたもコーイチさんと同じ自由騎士様なのですか?」

「そ、そうです……ただ、僕はそこの人と知り合いではないのですが……」

「そうなのですか?」

「その……はずです」


 ソラの問いに、泰三はしどろもどろになりながらどうにか受け答えする。


 う~ん、体は逞しくなったけど、このいかにも女の子に慣れていない様子が、実に泰三らしい。

 久方ぶりに見る見慣れた泰三の姿に、俺は感慨深い気持ちになる。


 だが、そろそろ泰三にもネームタグの秘密やら、ユウキの真の目的など、色々と話しておく必要があるだろう。

 そう思った俺は、後頭部を掻きながら照れた様子の泰三に話しかける。


「泰三……大事な話があるんだ」


 そう前置きして、俺は泰三にこれまで見聞きしたことを話していった。

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