第372話 地力の差

 浩一たちが去った後も、ユウキはリッターに向かってネームタグを掲げながら命令を続けていた。


「ええい! 動け! 動くのです!」

「…………」


 だが、それでもリッターは呆然と立ち尽くして動かない。


 解放させた力は何処へ行ったのか、バンプアップしていた筋肉はすっかり元に戻り、負傷した痛々しい体を気遣うこともなく、リッターは浩一たちが消えた方向をジッと見つめ続けていた。


「コ…………イ………………チ」

「……まさか、本当に記憶が戻ったのですか?」


 リッターの呟きに、ユウキは驚いたように目を見開く。


(またか……また、あのコーイチですか)


 クラベリナをはじめ、あらゆる者が浩一を気にかけ、彼のために動く。

 特に何か力があるわけでも、魅力的な人物というわけでもない。どちらかといえば、何事も人並みで、これといった特徴のない浩一を誰もが一目置いている。


 そのことがまた、ユウキにとっては面白くなかった。


「…………まあいいでしょう。記憶なんてものは、いくらでも書き換えできるのですから」


 そう言いながらユウキは、リッターの眼前にネームタグを掲げる。

 すると、ネームタグが怪しく明滅を繰り返し、呆然と前方を眺めていたリッターの瞼がゆっくりと降りて行く。


「せっかくインプットした記憶がリセットされてしまうのは些か残念ですが、もう取り繕う必要はありませんからね。純粋な殺戮マシーンとして、使い潰してあげますよ」


 ユウキはポンポンとリッターの頭を叩きながら、管理者用のネームタグを右手の平に収納する。


「さて……このまま記憶の調整といきたいところですが、それより今は、連中を逃がさないことの方が先決です」


 ユウキは肩幅に足を広げると、目を閉じてアラウンドサーチを発動させる。

 この近辺の魔物はあらかた処分し尽くしているので、スキルを使っても問題はない。

 そうして脳内に広がる索敵の波を見ながら、浩一たち三人の赤い光点を探す。



 程なくして高速で動く三つの赤い光点を見つけたユウキは、


「さあ、次のゾンビ兵に仕事をしてもらうとしますか」


 そう呟きながら、再び管理者用のネームタグを取り出す。

 幸運なことに、連中が向かっている先には、複数のゾンビ兵が待機している。

 ゾンビ兵の足は遅いが、これなら奴等を完全に包囲し、足止めができる。

 後は調整が完了したリッターをぶつければ、それで全てが終わるだろう。


「フフッ……これで、チェックメイトです」


 ユウキは邪悪な笑みを浮かべると、ゾンビ兵たちに次々と命令を飛ばした。




 暗闇の中でも不思議と見えるロキの黒く光る毛並みを見ながら、俺は必死に駆け続けていた。


「ワンワン!」

「来るぞ、ゾンビ兵だ」


 前方から聞こえたロキの注意喚起を、俺は言語化しながら泰三に指示を出す。


「数は三、二匹はロキがやるから、前方十メートル先の角、右に曲がる時に鉢合わせる奴を泰三、頼む」

「……わかりました」


 俺の要請に、泰三は静かに頷くと、長槍を構えながら走る速度を上げてロキを追い抜く。


「はあっ!」


 そうして俺の指示した通りに槍を突き出すと、矛先が飛び出そうとしたゾンビ兵の頭部を捉え、血潮を撒き散らしながら吹き飛ばす。


「ガルルルル!」


 泰三がゾンビ兵を倒している間に、颯爽と飛び上がったロキが、前脚を振り下ろして二体のゾンビ兵を吹き飛ばし、壁に叩きつけていた。


「クッ、次から次へと……」


 そうこうしている間に追加のゾンビ兵が出てきたのか、泰三が悪態を吐きながら長槍を振るっているのが見えた。


「…………」


 ロキのお蔭である程度の敵の位置は把握できるが、やはりこのままではジリ貧になってしまう可能性が高い。

 それに、余りモタモタしていると、ユウキたちが追いついて来るかもしれない。


 ならば……


「ロキ、泰三……十秒だけ時間くれ!」


 俺はそう言うと、壁に手をついた状態で目を閉じてアラウンドサーチを発動させる。

 とりあえずこの近辺の地理と、敵の状況だけ把握できれば、後は数が少ないところから包囲網を抜けることができるだろう。


 そうして脳内に広がるワイヤーフレームで表現される地形上に、すぐさま赤い光点による反応が現れる。


 その数、五…………八…………十…………十三と、あっという間に増えていく。


 どうやらユウキは既に俺たちの位置を把握しているのか、この周囲にかなりの戦力を導入してきているようだ。

 だが、そうは言っても相手の主力はゾンビ兵である。動きは緩慢で、包囲網が完成する前に抜けることも難しくはない。


 それに、俺たちの居場所はわかっても、このワイヤーフレームでの地形把握の能力までは知らないのか、近くにいるのだが、壁に阻まれて俺たちのところまでやって来れない位置にいる赤い光点もあった。


 ……これなら、思ったより簡単に包囲網を抜けられるかもしれない。


 俺は脳内に浮かんだ地形と、敵の位置をサッと記憶すると、目を開けてアラウンドサーチを解除する。


「よし、ロキ、泰三。こっちに来てくれ」

「ワン!」

「……何かわかったのですか?」


 泰三たちがすぐさまこっちに来るのを確認した俺は、先導するように走り出しながら話す。


「今さっき索敵を行った。それで包囲網の穴を見つけたから、とりあえず安全な場所まで行くぞ」

「わ、わかりました」


 一応、自警団の連中から俺の能力についてある程度は聞いているからか、泰三は特に異論を挟むことなく俺の後に続いてくれる。


 これで後は、安全にシドたちと合流できれば……、


 俺は駆けながら隣にならんんだロキに尋ねる。


「ロキ、シドたちの場所はここから近いのか?」

「ワンワン!」


 俺の問いにロキは「すぐ近く」と答えながら、俺に彼女たちがいる場所を教えてくれる。

 どうやらロキによると、シドたちに危険が迫っている様子はないという。


「そうか、よかった」


 俺はロキの「問題ない」という言葉に、密かに胸を撫で下ろす。

 つい反射的に、シドたちを置いてユウキのことを追いかけてしまったが、彼女たちは無事に自警団たちから逃げ伸びることができたようだ。


 後は合流してからどうするかだが……、


「…………やっぱり、このまま逃げ切るってわけにはいかないよな」


 俺はそう小さく呟きながら、ある覚悟を決めるのだった。

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