第371話 記憶の残滓

「さあ、次は倒しても死なない不死身のゾンビ兵の登場です。このピンチ、あなたたちは切り抜けられますか?」


 次々と現れるゾンビ兵たちを前に、ユウキが管理者用のネームタグを掲げながら叫ぶ。


「それだけではありませんよ。リッター、早く起きなさい! あなたの恋人が、どうなってもいいのですか!?」

「――ッ!? ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!」


 すると、ユウキの声に反応するように瓦礫が吹き飛び、中から巨大な影、リッターが現れる。

 だが、いくら実力者の肉体を使っているとはいえ、瓦礫の下敷きとなったリッターの体はあちこちが激しく損傷し、傷口からおびただしい量の血が流れ出て来ていた。


「ウグウウウウゥゥ……」


 右手だけでなく、左足もが明らかに折れているにも拘らず、リッターは無理矢理立ち上がって戦闘態勢を取る。


「オ……オオ…………ラビィ…………チャ…………ン」

「雄二、お前……」


 処刑され、死体を辱められ、さらには体を好き勝手に改造されて人でなくなっても、それでもあの兎人族うさびとぞくの女性、ラビィちゃんのことを想い、立ち上がろうとするかつての親友の姿を見て、俺の我慢は限界だった。


 俺は無駄だと思いつつも、血を吹き出しながら立ち続けるリッターに向かって叫ぶ。


「お願いだ、雄二。もう……もう止めてくれ!」


 ずっと良好な関係を築けたわけじゃない。


 いっぱい喧嘩もしたし、お互いに嫌っている部分も沢山あったに違いない。


 だけど……だけどそれでも俺は、雄二のことを大切な親友の一人だと思っているし、そんな親友の苦しんでいる姿なんて見たくなかった。


「俺だよ! お前の親友の浩一だよ。お前と一緒にこの世界にやって来て、一緒にラビィちゃんのいる店に行った浩一だよ! 忘れたのか?」

「コ…………イチ…………」

「そうだ! 俺、雄二にずっと言いたいことがあったんだ!」


 微かな望みに賭けるように、俺は必死になって叫ぶ。


「処刑場で体を張って俺を助けてくれてありがとう。雄二がいなかったら、俺はあの場で一緒に処刑されていたはずなんだ」


 しかも、雄二に助けられたのはそれだけじゃない。


「後、PTSDで戦えなくなって、大切な人を守れないかもと思った時も、お前が背中を押してくれたから、もう一度立ち上がれたんだ。お前がいたから、お前が親友だったから、俺は今日まで生きてこられたんだ!」

「ハハハッ、突然何を言い出してるんですか? 気でも触れたのですか?」


 泣き叫ぶ俺に、ユウキの嘲笑する声が聞こえるが、構わず俺は叫び続ける。


「雄二から心から惚れた女の子がいるって聞いた時、俺、嬉しいって思ったよ。複雑な家庭環境で育った所為で、恋人を作っても碌に長続きしなかったお前が、異世界に来て、本当に生まれ変わったんだって」


 でも、それは卑劣な男の罠によって儚くも砕け散ってしまう。


「苦しかったよな? 悲しかったよな? 殺されて、体を好き勝手にいじられて、脅されて命令されて……悔しいよな? 俺……お前にたくさんのものを貰ったのに、何一つ返してやれなくて……本当に……本当にごめん…………」


 もう最後の方は、声が枯れてしまってちゃんと雄二に声が届いたかどうかわからないが、俺はもうまともに立っていられなかった。


「…………うあぁ、ああ…………ごめん……ごめんよ…………」

「キュ~ン……」


 声を上げて泣き出す俺に、ロキがすぐ近くまで来て鼻を擦り付けて慰めてくれる。


「ロキ……ああ、ああ…………うあああああああああああああぁぁぁぁ!!」


 俺はそんなロキの優しさに甘えるように、首元に抱きついて顔を埋める。


「……チッ、何をしているのですか! リッター、そんな戯言に耳を傾けていないで、早くそいつ等を始末するのです!」

「――っ!?」


 無情な命令を下すユウキの声が聞こえ、俺は顔を上げて泣き顔のままリッターの方を見る。


「…………」


 だが、リッターは呆然と腕を下げたまま俺の方をジッ、と見つめたまま動こうとしない。


「何をしているのです! 私の命令が聞けないのですか!?」


 ユウキがネームタグを掲げて命令をするが、リッターは動きを見せない。


 これはまさか……、

 俺は一縷の望みに賭けて、立ち尽くしているリッターに向かって問いかける。


「も、もしかして雄二……俺のことがわかるのか?」

「…………」


 しかし、俺の声にもリッターは何の反応も見せない。

 まるで電池が切れたロボットのように、リッターは呆然と俺を見つめたまま動こうとしない。


 これは一体、どういうことなんだ。


 てっきり俺の声が届いて、雄二が僅かでも自我を取り戻してくれたのではないのか?

 そう思いながらリッターを注視していると、


「ちょっと、何をしているのですか? 早く、早くして下さい!」


 泰三の切羽詰まったような声が聞こえ、俺は反射的にそちらへと目を向ける。

 すると、長槍を振るって、二体のゾンビ兵をまとめて薙ぎ払う泰三の姿が見えた。


「こいつ等……いくら倒しても起き上がってくるんです。それこそ、手足を失ったぐらいじゃ倒れないんです!」


 必死に叫ぶ泰三の言う通り、吹き飛ばされたゾンビ兵は右腕が無く、腹部から腸が飛び出していたが、全く意に介した様子もなく再び立ち上がって襲い掛かろうとする。

 起き上がったゾンビ兵を、長槍の石突で追い払った泰三は、必死の形相でこちらに向かって叫ぶ。


「逃げるならここが限界です。これ以上は、あの男を倒す以外に道はなくなりますよ」


 実戦経験豊富な泰三がそう言うのなら、間違いないのだろう。

 可能であればここでユウキを倒してしまいたいのだが、それは蛮勇というものだ。


「……わかった。今すぐ逃げよう」


 俺は泰三に向かってそう言うと、もう一度リッターの方を向き直って最後に一言告げる。


「雄二、必ず……必ずお前を俺が救ってやるから! だから……だから待っててくれ!」


 そうとだけ告げると、俺はロキに向かって「行こう」と道案内をお願いする。


「わふっ!」


 ロキは「任せろ」と一声吠えると、近くのゾンビ兵をなぎ倒しながら、付いてこいと尻尾をパタリと振る。

 それを見て俺は頷くと、


「行こう!」


 泰三に向かって叫んで、その場から一目散に逃げ出した。

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