第370話 紙一重の生存

 俺の視界が暗転すると同時に、近くで大砲でも発射したような爆発音が聞こえる。


 な、何が起きた?


 目の前にリッターの巨体が現れたと思ったら、何か凄い力で横に引っ張られたところまでは認識している。

 何故なら今もその凄い力は継続しており、絶賛何処かへと、連れ去られている最中だからだ。


 そして、その動きが早過ぎるのと、地下水路が暗過ぎる所為で、俺は完全に前後不覚になってしまっていた。


 せ、せめて頭部だけは守らなければ……、


 激しく移動する中、俺は両手を頭の後ろにまわし、できるだけ体を小さくして来るべき衝撃に備える。

 すると、程なくして速度が落ちたかと思うと、俺は優しく地面に下ろされる。


「わふっ!」


 同時に頭上からロキの声が聞こえ、頭を抱える俺の顔をペロリと舐めてくる。


「ロ、ロキ?」

「わん!」


 驚いて顔を上げる俺に、ロキが「大丈夫か?」と問いかけてくる。


「えっ? あっ、うん……ありがとう」


 何が何だかわからないが、俺はロキに礼を言いながら呆然と身を起こすと、何が起きたのかを確認するために周囲をぐるりと見渡す。


「……………………えっ?」


 そして、つい先程まで俺たちがいたと思われたところに起きた変化に、俺は顔を青くさせて絶句する。

 俺たちが立っていた場所は、まるで巨人が足跡を付けたかのような大きな穴が開いており、その先のレンガの壁は大きく崩れ、瓦礫が山となっていた。


「な、何が、起きたんだ……」

「リッターです。彼が突撃してきて、そのまま壁にぶつかったんです」


 愕然とする俺に、直撃を避けることに成功した泰三がやって来て口を開く。


「余りの早さに、まともに反応すらできませんでした。僕が生きているのは、リッターが狙ったのがあなただったからで、助かったのは奇跡でした」

「じゃ、じゃあ、ロキが助けてくれなかったら……」

「今頃あなたも、リッターの体ごとあの瓦礫の中に埋もれていたでしょうね」

「――っ!?」


 泰三の一言に、俺は全身からぶわっ、と汗が噴き出すのを自覚する。


 どうやらリッターが行った攻撃は、単純な体当たりのようだが、その威力はこれまで見たどの攻撃よりも、桁違いの威力と速さを持っているようだ。

 次にあの攻撃を繰り出されたら、ロキは避けられるかもしれないが、俺と泰三、どちらかが死ぬ可能性は非常に高い。


 そう判断した俺は、どうするべきか思案顔の泰三に向かって提案する。


「……逃げよう。今すぐに」

「えっ?」

「ここでユウキの奴を倒せないのは惜しいが、俺たちの第一目標は、三姉妹と獣人たちを守ることだ。違うか?」

「そう……ですね」


 泰三は静かに頷きながら、こちらを余裕の表情で見ているユウキの方をちらりと見やる。


「あの人の様子を見る限り、まだ何か隠しているということはありそうです。それに、時間をかけてしまうと、リッターが瓦礫の中から出てくるでしょう」

「ああ、そうなったら俺たちは終わりだ」

「……残念ですが、その言葉に異論はありません」


 泰三は大きく嘆息しながら、座っている俺へと手を差し伸べてくる。


「そうと決まれば、今すぐに行きましょう……走れますか?」

「ああ……こう見えてお前ほどじゃないが、最近は鍛えているからな」

「……そのようですね」


 俺が手を握ったの子を確認した泰三は、一息で軽々と俺を引っ張り上げて立たせてくれる。


 …………悔しいが、力の強さは泰三の方が俺より数段上のようだ。


 日本にいた頃は、完全に俺の方が運動能力が高かったはずなのに、わずか半年でここまで差をつけられたかと思うと、あの、戦えないからといって無駄に過ごしてきた自堕落な日々を、口惜しく思う。


 俺は心の中で、近い内に泰三に追いついてみせると誓いながら、軽く飛んで足の調子を確かめる。

 よし、ロキのお蔭で体に異変はなさそうだ。

 俺はロキに感謝の意を伝えるように顎の下を優しく撫でながら、もうひと踏ん張りしてもらうようにお願いする。


「というわけだ。悪いがシドたちの下に戻るから、道案内を頼めるか?」

「わん!」


 俺の要請に、ロキは「任せろ!」と意気揚々に答えながら俺から離れると、尻尾を振りながら先導するように前へ出る。

 灯りはなく、視界は殆ど利かないが、ロキの後に付いていけば問題ないので、全力で走ることもできるだろう。


 そう思っていると、


「まさか、このまま逃げられると思うのですか?」


 俺たちの背に、ユウキの愉しそうな声が届く。


「リッターの攻撃を回避したのは見事ですが、まさか私の手がそれだけだと思いますか?」

「……思っていないが、それに付き合ってやる道理もない」

「ハハッ、それはそうですね。ですが……」


 ユウキはニヤリと笑うと、手の平から金色に輝くネームタグを再び取り出す。


「あなたたちには、まだまだ私の遊びに付き合ってもらいますよ!」


 そう言って右手を掲げると、奴のネームタグが激しく輝き出す。


「うっ……」


 突如として発生した強い光に思わず目を細めるが、光が発生したのは一瞬で、周囲はすぐに暗闇が支配する世界へと逆戻りする。


「な、何をした……」

「気を付けて下さい。とても、嫌な予感がします」

「同感だ」


 俺は泰三と背中に合わせになりながら、周囲に気を配り続ける。

 すると、


「ワンワン!」

「えっ、水面?」


 水面に向かって吠えるロキに従ってそちらを見やると、いつか見た黒の処刑人が現れた時のように、何者かが水路の中から這い上がってくる。


「ウウッ……」


 水路の中から現れたのは、青と白を基調とした自警団の制服に身を包んだ男だったが、その男の首は、折れているのか明らかに有り得ない方向に曲がっていた。


「まさか……ゾンビ兵か!?」


 先程の光が、ゾンビ兵を生み出す光であると気付くと同時に水路、そして通路の奥から、呻き声と共にいくつもの影が現れるのが見えた。

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