第369話 死者への冒涜

「なっ!? あ、あの人は……」


 リッターの素顔を見て泰三もその正体に気付いたのか、足を止めて驚きに目を見開く。


「ど、どうして、僕が殺したはずなのに……」

「泰三……」


 驚く泰三を見ながら、俺は万が一という可能性を信じて彼に質問をする。


「なあ、泰三。雄二……あいつを処刑した時のこと、ハッキリと覚えているのか?」

「覚えていますよ……正直、今でも夢に見るぐらいです」


 雄二は動揺して激しく脈打つ動悸を抑えつけるように、胸に手を当てながら話す。


「この街の処刑は、心臓を一突きにして首を斬り落とした後、大衆の前に日が暮れるまで死体が晒され続けるんです。僕が心臓を一突きし、係りの者が首を斬り落とした後、大衆の前に彼の首が晒されるところまでハッキリと見ました。だから、あの人が実は生きていましたというのは、考えられません」

「そう……か」


 この世界の風習についてとやかく言うつもりはないが、やはり処刑を見世物にするという文化は個人的には反吐が出る。


 さらに、死体に追い打ちをかけるような酷い仕打ちをすることなどもってのほかだ。


 命を賭けて俺を逃がしてくれた雄二の顛末が、ただ殺されるだけでなく、死体を辱められたのかと思うと、俺の中に忘れたと思っていた怒りの火が再び灯る。


 ならば、目の前に立つ雄二の顔を持つリッターという名の男は、一体何者なのだろうか?


「ククク……驚いているようですね」


 驚く俺たちに、クツクツと笑いながらユウキが話す。


「どうです?まさか処刑されたはずの男が、生きていたとは思わなかったでしょう?」

「――っ!? と、ということは……やはりリッターの正体は雄二なのか?」

「さあ、どうでしょう?」


 思わず身を乗り出して質問する俺に、ユウキは大袈裟に肩を竦めてみせながらシニカルな笑みを浮かべる。


「まあ、ある意味では彼はタイゾー君が最初に処刑したユージという男ですが、それは正確じゃない」

「……どういうことだ?」

「つまりですね。リッターの首から上は君の知る青年ユージですが、首から下は別の人物です。そう言えばわかりますか?」

「なっ……」


 そう言われて俺はリッターの首元、鉄仮面で隠れて見えなかった部分に、いかにも外科手術によって付けました。と謂わんばかりの継ぎ接ぎ跡があることに気付く。

 もしかしてあの鉄仮面は素顔を隠すのではなく、あの継ぎ接ぎ跡を隠すために被っていたのかもしれない。


「どうです? まるでメアリー・シェリーの小説、フランケンシュタインが生み出した怪物みたいでしょう?」


 リッターの首の傷跡を指差しながら、ユウキが得意気に話す。


「せっかく手に入れた自由騎士の死体を使って、ゾンビ兵士を作ろうとしたのですが、拷問が思ったより盛り上がって、拷問係が彼の指を全て斬り落としてしまうどころか、体中をボロボロにしてしまいましてね」

「クッ……」


 反吐が出るような話に俺は、堪らず血が滲むほど拳を握るが、ユウキはそんなことに気付いた様子もなく意気揚々と話す。


「そこで私は、一か八かの賭けに出たのですよ」


 ユウキの思いついた策というのが、雄二の首から下を別の人物、冒険者としてそれなりに名を馳せた者の体を使うというものだった。


「当初は拒絶反応が出るかと思いました。何故なら他人同士を掛け合わせる。しかも、血液型が同じかどうかわからない者を掛け合わせた結果、全てが台無しになる可能性もありました」


 だが、そんな懸念は死体には関係なかった。

 そもそもゾンビ兵は、人間ではなく魔物だからなのか、人間の常識は一切当てはまらないようだ。


 そうして生まれたのが、強靭な肉体を持ち、さらには自由騎士の能力を持つゾンビ戦士、リッターだった。

 人間の死体を繋ぎ合わせて作られたという意味では、リッターという魔物はフランケンシュタインが生み出した怪物と同義だろう。


 ちなみに、フランケンシュタインと聞くと、顔に縫い目がある四角い頭の大男をイメージする人が多いだろうが、実際はフランケンシュタインは、怪物を生み出した博士の名前であり、イメージされるフランケンシュタインは、怪物と呼称されるだけで名前は存在しない。


 そして、フランケンシュタインの怪物には、優れた体だけでなく、人間の心と知性を持ち合わせていたが、ゾンビ兵はそういった人間的思考は一切持ち合わせておらず、命じられた通りにしか動かせないようだ。


「ですが……ここに一つ例外があるんです」


 得意気にゾンビ兵について説明を終えたユウキは、リッターの肩を叩いて俺たちを指差す。


「さあ、リッター。あそこにいる者たちがあなたの彼女……兎人族うさびとぞくのラビィを苛め、犯す極悪人ですよ」

「なっ!?」

「さらに奥にいる巨大な獣は、犯され、殺されたラビィを食べるに違いありません」

「ウゥ……ワンワン!」


 ロキが「そんなことしない!」と抗議の声を上げるが、残念ながらそれを理解できるのは、この場には俺しかいない。


 ユウキは鳴き声を上げるロキを指差して「ほら見たことか」と言いながら、さらにリッターに囁く。


「さあ、あなたは恋人であるラビィ救うため、戦わないといけません。そのために何が必要か……わかりますね」

「ウウ…………ウウッ…………」


 ユウキの言葉に、リッターは頭を押さえて唸り出したかと思うと、


「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!」


 地の底から響くような大絶叫を上げると同時に、彼の体に変化が訪れる。


 リッターの叫びに呼応するように全身の筋肉が爆発したかのように肥大化し、自警団の制服が勢いで弾け飛ぶ。

 上半身裸になると、体の至る所に継ぎ接ぎ跡が見え、あの体が複数人の体を寄せ集めて造られたことがわかる。


 筋肉の肥大化は全身に及び、元々二メートル以上もある巨体が、さらに一回り大きくなり、発する威圧感は数倍にもなったように思えた。


「さあ、リッターよ。自由を手にするために、真の力を解放するのです」


 その言葉にリッターは身を屈め、クラウチングスタートの姿勢を取る。


「く、来るぞ……」


 リッターの放つ凄まじい殺気に全身の毛穴が開き、滝のように汗をかきながら俺は迎撃態勢を取る。

 だが、


「ガアアアアアアアアアアアアアアァァ!」

「えっ?」


 リッターの叫び声が聞こえたと思ったら、奴の巨体が既に目の前にあった。


「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!」


 次の瞬間、俺は何が起きたのか理解する間もなく、視界が一瞬にして暗転した。

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