第368話 鉄仮面の下は……
「ウガッ!?」
ロキの渾身の一撃を受けたリッターは、叩きつけられた勢いそのままに地面を三度もバウンドして吹き飛ばされる。
「ロキ、流石ですね」
「ワン!」
泰三の賞賛に、ロキは「お前もな」と嬉しそうに吠えながら頭を泰三へと擦り付ける。
どうやら泰三は、ロキに信頼できる奴として認められたようだ。
同時にそれは、泰三は本気で獣人たちを助けるために動いているという証明でもある。
「泰三……」
そんな親友の勇気ある決断を嬉しく思いながらも、俺は疑問を口にせずにはいられなかった。
「お前今、リッターの盾に攻撃……したよな?」
「ええ、しましたけど何か?」
「どうして、リッターの盾に触れたのにリフレクトシールドが……スタン状態にならなかったんだ?」
「ああ、何だ。まだ気付いていなかったんですね」
その突き放したような言い方に少しムッ、と思うところがあったが、だが、後学のためにも何が起きたのかは理解しておくべきだと判断し、俺は素直に泰三に頭を下げる。
「……悪い、何が起きたのか知りたいから教えてくれ」
「ええ、いいですよ。別に減るものでもありませんし」
相変わらず態度は素っ気ないが、意外にも泰三は何が起きたのかを説明してくれる。
「先ず、あなたも自由騎士なら知っていると思いますが、スキルの発動には特定の条件が必要です。ここまではいいですね?」
「ああ、流石にそれは知っている」
俺のスキル、アラウンドサーチは目を閉じなければ発動しないし、バックスタブによる致命攻撃も、武器を手にした状態で背中を見るという二つの条件をクリアしなければ発動しない。
ただ、隠密性の向上のように、常に発動しているパッシブスキルのようなタイプは、効果が小さい分、条件が緩かったりする。
「リッターが自由騎士かどうか知らないが、リフレクトシールドの条件は、盾で相手の攻撃を受け止めることではないのか?」
「ええ、知っているではないですか。だったら、どうして僕の攻撃が弾かれなかったのかはわかるでしょう?」
「んん?」
「わかりませんか? つまりあのスキルは、相手の攻撃を受け止める……受け身である必要があるんです」
「ああっ!?」
そこまで言われたところで、俺はようやく何が起きたのかを理解する。
俺はこれまで、リフレクトシールドの発動条件は、盾で相手の攻撃を受けることだと思っていた。
大まかな部分ではそれは間違っていない。だがそこに追加の条件があった。
それは、受け身でなければならないことだ。
あの時、リッターはユウキの命令によってそれまで防戦一方から、初めて自分から泰三へと攻撃を仕掛けた。
その時点で、受け身でなくなったリッターのリフレクトシールドの発動条件は解除され、泰三が攻撃を仕掛けてもスキルが発動しなかったということだ。
「泰三、お前……凄いな」
あの一瞬でそこまで判断したという泰三の成長に、俺は素直に賞賛の言葉を口にする。
「普通に強くなってるし、戦略も立てられるようになっている……日本にいた頃のオドオドしたお前を知ってるだけに、物凄い感慨深いわ」
「や、止めて下さい。そんなこと言われても、僕には何のことだかさっぱりですよ」
日本にいた頃の記憶も曖昧なのか、泰三は心底嫌そうな顔をしながら顔の前で手を振る。
「それに、僕なんかまだまだです。今程度の実力で満足しているようでは、何時まで経ってもあの人に認めてもらえない」
「それって……」
もしかしなくても、クラベリナさんのことを指しているのだろう。
どうやら泰三は、この世界に来て……というよりきっと人生で初めて惚れた三次元の女性であるクラベリナさんに認めてもらうため、日々、地獄のような特訓に耐えて来たのだろう。
そんな泰三の陰の努力を考えると思わず涙ぐみたくなるが、俺だってここ最近は強くなるためにたゆまぬ努力を積み重ねているのだ。
……俺だって負けるわけにはいかないな。
俺は密かにそう決意すると、
「行こう。ユウキを……あの男の野望を止めよう」
この戦い決着をつけるため、俺は倒れたリッターに向かって何やら罵声を浴びせているユウキに向かって歩きはじめた。
「な、何をしているのですか!? たかが一撃、攻撃を受けただけでしょう!」
うつ伏せに倒れたリッターの背中を何度も踏みつけながら、ユウキが怒声を飛ばす。
「立て! 立つのです! 早く立って奴等を倒しなさい!」
「う…………ウウッ……」
「早く立ちなさい。さもないと、お前の女がまた苦しむことになりますよ!」
「――っ!?」
ユウキの言葉に、リッターは弾かれたように立ち上がる。
だが、ロキに殴られた影響で鉄仮面がズレたのか、前後が逆になっており、一見すると首が捻れてしまったようでかなりホラーな見た目になっていた。
「……それでいい。さあ、お前の女を助けたかったら、一刻も早くあいつ等を殺し尽しなさい!」
「…………」
その言葉にリッターは頷くと、鉄仮面を直すために手を伸ばす。
てっきり向きを調整するのかと思われたが、
「あ……」
ガシャン、と音を立てて、リッターの鉄仮面が外れるのを見て、俺は思わず声を上げる。
いや、思わず声を上げてしまったのは、何もリッターが鉄仮面を外したからではない。
リッターの素顔に、見覚えがあったからだ。
もしかしたらという予感がなかったわけじゃない。
だが、体型は全く違うし、失ったはずの指が全部揃っている。そして何より、そいつは大衆の前で殺されたはずだから、こんなところにいるはずがないのだ。
だが、こうして目の前に立っているのは、紛れもないあいつだった。
「まさか……本当に雄二…………なのか?」
俺は処刑されたはずのもう一人の親友、戸上雄二の顔を見て、呆然とその場に立ち尽くした。
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