第366話 自我のない者
「なっ、何だと!?」
泰三がネームタグを体内に付けていなかったと聞いたユウキは、目に見えて焦りを浮かべながら怒鳴り散らす。
「貴様! 自警団に所属する者は、決してネームタグを外してはならないという鉄の掟を忘れたのか!?」
「忘れていませんよ。ただ、現場の高度な判断で外すべきだと思っただけです」
「そんなことは、私は認めていない!」
「別にブレイブさんに認めてもらおうとは思っていません。僕は僕の意志で、何をすべきかを判断しただけです。それに……」
泰三は槍を油断なく構えながら、白い歯を見せて笑う。
「僕はあなたのことがずっと前から大嫌いなので、言うことを聞かなくて正解だと心から思います」
「タ、タイゾオオォォォ……」
穏やかなはずの泰三の小馬鹿にするような返答に、ユウキの顔が憤怒の色で染まる。
「も、もういい! なら、お前もここで殺してやる……リッター!」
ユウキは金色のネームタグを掲げながら、リッターに向かって叫ぶ。
「目の前の奴等を完膚なきまで叩き潰すんだ。いいな?」
「…………」
その言葉にリッターはゆっくりと頷くと、再び両手の大盾を掲げながら腰を落とす。
…………ん?
怪しく輝く管理者用のネームタグを見て、俺の脳裏にある考えが浮かび、泰三に確認するように尋ねる。
「もしかして、リッターもあのネームタグによって操られているのか?」
「その可能性はありますね」
「だったら、奴のネームタグを奪うことができれば、リッターも正気に戻せるのか?」
「それは……どうでしょう」
俺の期待に対し、泰三は油断なくリッターを見据えながら静かに話す。
「実はですね……まだ出会って日が浅いですが、僕は彼が何か意見を言ったり、自分の考えを主張したところをみたところがないのです」
「別に普段から寡黙なら、それぐらい珍しくはないだろう」
「普通なら……そうですが」
「……ということは、普通じゃないのか?」
「え、ええ……」
そう前置きして、泰三は普段のリッターという人物について話す。
「信じられないと思いますが、リッターは自分で何か物事を決めることができないようなんです」
「……どういうことだ?」
「そのままの意味です。リッターは自警団の仕事は勿論、食事や休息、果ては睡眠や排泄までも誰かに言われないと、行動に移せないそうなんです」
「そんなこと……」
ないだろう。と一蹴したい気持ちになるが、泰三もそれがわかっているから「普通なら信じられない」と前置きしたのだ。
確かに、何事においても他人から言われなければ動けないという人は、少なからず何処にでもいる。
特に仕事の場面では、自分で何をしたらいいか判断できず、指示待ち状態になってしまっている人はよく目にすると思う。
そういう人は、今日着ていく服や食べるメニュー、遊びに行く場所や自分が使う道具、果ては自分の進路まで人に言われるがまま決めてしまうこともあるという。
だが、そんな人でも流石に睡眠や排泄といった生理現象まで、人に言われなければできないなんてことはないだろう。
「そ、それじゃあ、普段のリッターは何をしているんだ?」
「何もしていません。誰かに話しかけられるまで、自警団の本部で彫像のように立っているだけです」
「そんなの……生きながら死んでいるも同然じゃないか」
「…………」
俺の言葉に、泰三は肯定とも否定とも取れる何とも言えない表情を見せる。
前に泰三は、リッターは心に深い傷を負ったから、鉄仮面を外すことができないと言っていた。
だが、どうやら全てを遮断するように顔を覆った偉丈夫は、人として何か致命的な欠陥があるようだ。
異常なまでの他人への依存……ユウキ曰く本物の戦士だというリッターは、要は奴にとって都合のいい人物ということだろう。
そんなリッターの衝撃過ぎる事実に、愕然としていると、
「…………わふぅ」
スタン状態から回復したのか、起き上がったロキがもう大丈夫だと俺の顔を舐めてくる。
「ロキ……良かった」
「これで行動に幅ができますね」
ロキの頬を撫でている俺を見ながら、泰三が思わず目を細める。
「さて、それじゃあそろそろどうやってリッターと戦うか話しましょうか」
「やっぱり戦うのか?」
「ええ、それしかないでしょう……」
ユウキの次の命令を待っているのか、大盾を構えたまま動かないリッターを見ながら泰三が話す。
「彼の力はとても強力ですが、万能というわけではありません。対処法は、そんなに難しくはないです」
「そ、そうなのか?」
「ええ、良くも悪くも、彼の力はあの大盾で防がなければ効果が発生しないのですよ」
「……ワンッ」
泰三の言葉に、ロキが「心得た」と力強く吠える。
それを聞いて、泰三は力強く頷く。
「どうやらロキは僕の言いたいことがわかったようですね。では、僕と彼とでリッターと戦いますから、あなたは隙を見てブレイブさんのネームタグを奪取、できれば破壊をしてください」
「あ、ああ……わかった」
なんだか泰三に、完全にイニシアチブを握られてしまっているようだが、残念ながら俺にはリッターに対処する方法がわかっていないので、頷くしかない。
だが、一つだけ譲れないことがあった。
「おい、泰三……一ついいか?」
「……なんですか?」
「言っておくがロキはメスだ。彼じゃない……彼女だ」
「ワンワン」
俺がそういうと、ロキが「そうだ。そうだ」と謂わんばかりに続く。
俺とロキの講義に、泰三は目をまん丸に見開いていたが、
「…………そうですか、それは失礼しました」
呆れたように嘆息すると、長槍をくるりと回して再び戦闘態勢へと移行した。
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