第365話 志を同じくする者

 ――っ、駄目だ。間に合わない!


 リッターの振り下ろし攻撃に、防御も回避も間に合わないと判断した俺は、せめてロキだけは守ろうと、ロキの体に覆いかぶさるようにして目をきつく閉じる。


「――っ!?」


 次の瞬間、金属同士がぶつかるようなカアァァン! という音が聞こえ、俺はビクリと

体を硬直させる。


「…………あれ?」


 だが、続いてやって来るはずの大盾が俺の体を叩き潰す感覚がやって来ない。

 まさか、リッターが攻撃に手心を加えてくれたのか?

 そう思っておそるおそる目を開けると、


「……全く、相変わらず一人だと危なっかしいですね」


 聞きなれた優しい声が聞こえ、俺はハッ、と顔を上げる。

 そこには、思いもよらない人物がいた。


「た、泰三……」

「馴れ馴れしく名前を呼ばないで下さい。僕にとって、あなたはなんでもない他人ですから」


 突きを繰り出した姿勢のままの泰三は、俺を見てニヤリと笑うと、


「ハッ!」


 気合のかけ声を上げながら、槍をくるりと素早く回す。


「ウォ……」


 するとリッターの持つ大盾が大きく弾かれ、その巨体が思わず後退りする。


 た、泰三の奴……


 地下墓所カタコンベで見た時も思ったが、この数ヶ月で泰三の実力は飛躍的に伸びたようで、リッターのように自分より一回りも二回りも大きな人物相手にも、全く臆することなく戦えるほどにまでなっているとは思わなかった。

 だが、


「泰三、どうして……どうして俺を助けたんだ?」


 自警団に所属している泰三は、獣人に味方する俺は、むしろ倒さなければならない敵のはずだ。

 それなのに俺をリッターの攻撃から守るなんて、自警団に所属する者として、最もやってはいけない裏切り行為なのではないだろうか?


「どうしてって、前に言ったでしょう?」


 俺の疑問に、泰三はなんでもないことのように、あっさりとした口調で話す。


「今回の件、僕は獣人に味方すると決めたのです。あなたを助けたのは、あくまでそのついでですよ」

「ついでって……」

「冗談です」


 愕然とする俺に、泰三は肩を竦めながら薄く笑う。


「残念ながら、あなたがいないと獣人の方に信用してもらえませんからね。あなたには獣人の方が無事に脱出するまで、生きてもらわないと困るんです」

「それは助かるが……泰三、お前本当にこの街の獣人全員、助けるつもりか?」

「勿論です。僕だって自分で考える頭はあるつもりです。それに、先程の言葉の真偽、確かめないわけにはいきませんからね」


 泰三は首を巡らせると、リッターの奥に隠れているユウキに向かって長槍を突き付ける。


「ブレイブさん、あなたは本当に彼の言う殺人鬼なのですか?」

「タイゾー……あなた、正気ですか?」


 後少しのところで俺を殺す邪魔をされたユウキは、額に青筋を立てながら怒りを露わにする。


「その男は、獣人に与する大罪人です。それを助けるどころか協力するなんて……そんなことをして団長があなたを許すと思いますか?」

「ブレイブさん、僕はそんなことを聞いているんじゃない」


 泰三は大袈裟にかぶりを振りながら嘆息すると、再度静かに問いかける。


「僕は、あなたが彼の言う殺人鬼なのかどうかを聞いているんです。先程の彼の叫びを否定しているようにはみえませんでしたが、どうなのですか?」


 どうやら泰三は近くで待機していたのか、先程の俺がリッターに向かって叫んでいたのを聞いていたようだ。


「それで、本当のところはどうなのですか?」

「うくっ……」


 まさかリッター以外に聞いている者がいるとは思わなかったのか、ユウキの顔から余裕の表情が消え、観念したように顔を伏せる。


「…………」


 もしかして、本当に諦めて認めるつもりなのか? そう思いながらユウキの動向を見守っていると、


「クク……ククク…………」


 いきなりユウキが肩を揺らしながら笑い始める。


「ハッ、ハッーハッハッハッハ…………」


 さらには狂ったように大声を上げて笑い出すので、俺と泰三は何事かと顔を見合わせる。


「ハヒ……ヒヒッ…………イーッヒッヒッヒッヒ……いやはや参りました」


 そうして狂ったように笑い続けたユウキは、溢れてきた涙を拭いながら両手を上げる。


「まさか、タイゾー君が命令を無視して、こんなところに来ているとは思いませんでしたよ。これは完全に私のミスですね」

「……ということは、彼の言うことを認めるということですか?」

「ええ、そうですね。認めてあげますよ」


 泰三の問いに、ユウキは右手で顔を押さえながら醜く笑う。


「ヒヒッ、でもだから何だと言うんです?」

「どういう意味ですか?」

「簡単な理由だよ。どうせあなたは、私の操り人形になるんですからね!」


 ユウキは右手の平を上にすると、手の中から暗闇の中でも金色に光る管理者用のネームタグを取り出す。


「さあ、管理者の名において命じます。タイゾーよ。私の手駒となり、その男を殺すのです!」

「なっ!?」


 まさか、奴のネームタグには、他のネームタグ所有者に対して、そうやって命令させることができるのか!?


 俺は泰三から慌てて距離を取ると、何が起きても大丈夫なように身構える。

 ユウキから命令を受けた泰三は、長槍をだらりと下げたまま動こうとしない。

 一体どうしたんだ? 何も変化が起きないことを訝しむ俺に、ユウキが管理者のネームタグを突き付けながら泰三に向かって叫ぶ。


「どうしたのですか? 管理者の命令が聞けないというのですか?」

「ええ、聞けませんね」


 泰三は自分の懐に手を入れると、紐に吊るされた板を取り出してみせる。


「生憎と僕は今、ネームタグを装備していませんからね」


 そう言って泰三は自分のネームタグを再び懐にしまうと、ユウキに向けて長槍を構え直した。

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