第361話 再会の時

 いきなり現れたロキとミーファには驚いたが、驚きはそれだけではなかった。


「コーイチさん!」


 ロキの背中からソラの声が聞こえたと思ったら、彼女が俺に向かってダイブしてきたのだ。


「わわっ、ちょっと!」


 俺は両手を広げると、慌ててソラの体を受け止める。

 普段からあまり食べないソラの体は、羽のように軽くて驚いたが、それより彼女がこんな無茶をするとは思わなかったので二重に驚く。


「ミーファだけじゃなくてソラも……どうしてここに来たんだ?」

「ごめんなさい。実は、夢を見たんです」

「夢ってあの……」


 例の予知夢のことかと口に出さずに尋ねると、ソラはこくりと小さく頷く。


「それで、居ても立っても居られなくて……そしたらミーファがロキが戻って来たっていうから、それで助けに行こうってことになりまして……」

「そうなんだ。ちなみにマーシェン先生たち……あの家にいた人たちには?」

「ご迷惑がかかると思って……やっぱり声をかけてきた方がよかったでしょうか?」

「いや……」


 不安そうな顔のソラを安心させるため、俺は笑顔でかぶりを振る。

 本当はあの二人に相談してくれた方がよかったが、それだとロキのように機動力は期待できなかったので、救助が間に合わなかった可能性がある。


 それにソラは口にはしていないが、先程の自警団による攻撃は、間違いなく俺の右手を貫いていた。

 これだけの敵に囲まれた状況で、利き手を負傷してしまったら、どうなるかなんてことは考えるまでもない。


 ……もしかしなくても、あの一撃で俺は終わっていたのか。


 実は自分の命が紙一重で助かったことを知り、俺は改めて腕の中のソラへと感謝の意を伝える。


「あそこでソラたちが来てくれて本当に助かったよ。ありがとう」

「そんな……コーイチさんのためですから」


 ソラは顔を赤くさせながら、俺の胸に顔を埋めてスリスリと身を寄せてくる。


「ああ! ソラおねーちゃん、ずるい! ミーファも、ミーファも!」

「わふっ、わふっ」


 するとソラに続けと、ミーファとさらにはロキまでもが俺に身を寄せてくる。


「わわっ!?」


 いくら何でも今はそんな悠長に構えられるような状況ではない。

 突然のロキの乱入に自警団の連中は驚き固まっているようだが、いつまた攻撃が再開されるかわからないのだ。

 俺は迫って来る二人と一匹に対して、少し落ち着くように必死に宥める。


「ちょ、ちょっと……」

「待てゴラアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ!!」


 俺がソラたちを引き剥がそうとしているところへ、二人の自警団を吹き飛ばしたシドが怒号をあげながら飛んでくる。

 シドは自警団から奪ったであろう二本の槍を油断なく構えながら、俺に抱きついている妹たちに向かって怒鳴る。


「二人とも、どうしてこんなところに来たんだ。危ないだろ!」

「危ないのは姉さんたちです。私たちが来なかったら、姉さんたち、死んでいたんですよ?」

「そーだよ。おねーちゃんたち、あぶなかったんだよ」

「な、何を根拠に……」


 まさか反論されると思っていなかったのか、シドは狼狽えたように視線を彷徨わせる。


「シド……」


 そんなシドに、俺は諭すように静かに話しかける。


「ソラたちの言っていることは本当だよ」

「コーイチ……」

「実際、さっきロキが来てくれなかったら、俺は死に体も同然になっていた。ソラには、そういったことがわかる不思議な力があるんだよ。知ってるだろ?」

「それは……ああ」


 俺の質問に、シドは応えながらに悲しそうに目を伏せる。


 その様子は、ソラが母親であるレド様の力の一部を引き継いだことよりも、自分がその力を引き継げなかったことに対して落胆しているようだった。

 シドは、誰よりもレド様のことを敬愛していたようだから無理もない。


 だが、ソラに受け継がれた力は、予知夢だけでなく、混沌なる者を封印し続けるための鍵、その役目も含まれている。

 その所為でソラは無意識に力を使ってしまうので、普通の人より虚弱体質になってしまっているのだ。


 シドはそのことまでは知らないようだが、敢えて話す必要はないだろう。

 ソラの力の有無に関係なく、彼女を守ることには変わりないのだから。


「二人とも……それとロキ、ちょっとゴメンよ」


 俺は謝りながらべったりと寄り添っているソラたちをどうにか引き剥がすと、シドに元気を出せと肩を叩く。


「シド、色々思うところがあるだろうけど、今は生き延びることを考えよう。逆に考えれば、ここにソラたちがいるなら俺たちの目標は非常にシンプルになる、だろ?」

「……そう、だな」


 俺の言葉に、シドの瞳に光が戻る。


「ここまで来たら一人守るも、三人守るも一緒だ。それに……ロキもいるしな」

「ばふっ!」


 シドの問いに、ロキは嬉しそうに尻尾を振りながら彼女の顔に頬擦りをする。

 ノルン城ではシドとは殆ど接点がなかったはずのロキだが、シドがちゃんと主であることを認識しているようだ。


 本当にこの忠犬……いや、忠狼には頭が下がる。


 俺は奇跡の再開を果たしたシドとロキを見て、思わず涙ぐみそうになるが、乱暴に目元を拭って周囲を見る。

 ロキの登場に固まっていた自警団の連中も、そろそろ正気を取り戻す頃だ。


「リムニ様、こちらへ……」


 俺はリムニ様を手招きしてソラたちと一緒にいるように指示すると、ナイフを手に再び臨戦態勢を取る。


「行こう、シド、ロキ。俺たち三人で、この状況を切り抜けるんだ」

「ああ」

「ワン!」


 こうして再び、戦いの火蓋が切って落とされた。

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