第362話 黒狼無双

 ロキを加えて始まった自警団との第二ラウンドだが、そこからは一方的な展開だった。


「アオオオオオオオオオオオオオオオオオォォン!!」


 地下水路に雄叫びによる大音響に響かせながら、目にも止まらぬ速さで三次元的な移動を繰り広げていたロキが、狼狽える自警団たちへ前脚を振り下ろす。


「うわああああっ!」

「ぎゃああああああああっ!」


 たったの一振りで、三人もの自警団の連中が面白いように吹き飛び、壁に激突して意識を失う。


「こ、このっ!」

「獣風情が、人間に逆らうか!」


 仲間がやられるのを見て、ロキの背後から二人が奇襲を仕掛けようとするが、


「あぎゃぁぁ!」

「うがっ!?」


 ロキは背後を振り向くことなく後ろ脚で二人の顔を蹴飛ばし、一瞬にして意識を奪う。


 二人を蹴り飛ばしたロキは、軽やかなステップで左右に飛んで敵を翻弄しながら肉薄すると、


「アオオオオオオオオオオオオオオォォォン!!」


 雄叫びを上げながら、今度は自警団の連中に次々と体当たりをしていく。

 その勢いたるや大砲から放たれた砲弾かと思うほどで、槍を構えて待ち構えている自警団の槍ごと容赦なく吹き飛ばしていく。


「す、凄い……」


 ロキが戦う姿をまじまじと見るのは初めてだが、単独でイビルバッドを圧倒するという実力は流石の一言で、並のレベルの彼等では相手にもならないだろう。

 しかも、かつて俺たちを矢の雨から守ってくれた体を覆う黒い毛が、敵のあらゆる攻撃を跳ね返してしまうので、どれだけ敵に囲まれても心配する要素が微塵もない。


 さらに、ロキの献身はそれだけでなかった。


「ワンッ!」


 戦いながらも戦況をしっかりと把握しているのか、圧倒されている俺に、ロキから注意を促すような鋭い鳴き声が届く。


「――わかった。ありがとう」


 その声に反応して俺は首を巡らせると、ロキの攻撃を免れたと思われる者たちが、こちらに向かって来るのが見えた。


「コーイチ!」

「ああ、行こう!」


 同じように敵の存在に気付いたシドに声をかけられ、俺はナイフを構えながら突撃していくシドの後に続く。


「フッ!」


 シドは二本持っている槍の一本を牽制するように投げると、二人固まって突撃してきた自警団の連中が、槍を避けるために二手に分かれる。


「はあああああっ!」


 それを確認したシドは、残る一本の槍を頭上で激しく回転させながら、右側に逃げた男へと斬りかかる。


 となると俺は、もう一人を相手にするべきだな。


 そう判断した俺は、狙う男の死角に入りながら、少なくなった手持ちのアイテムを温存するため、近くに落ちていた灯が消えているカンテラを拾う。

 走っている勢いを殺すことなく、俺はカンテラを男の背後に向かって下手で放る。


 放物線を描いて飛んだカンテラは、俺の狙い通り男の数メートル背後に落ち、割れてガシャン! と派手な音を立てる。


「――っ!?」


 突如として響いた音に、驚いた男が思わずそちらに視線を奪われるのを確認して、俺は一気に距離を詰める。

 パッシブスキルの隠密性向上が効いていることを信じて、俺は相手の背後に周り、背中の浮かんだ黒いシミへとナイフを突き立てる。


「ふぐっ!?」


 刺すのは一瞬だけにして、一気にナイフを引き抜いた俺は、返り血を浴びながらも男の体を水路へと叩き落しながらシドの方へと目を向ける。


「このっ!」


 すると、調度よくシドが相手の槍をへし折り、石突で顎を打ち砕きながら水路へと蹴り落とすのが見えた。


 首尾よく二人の敵を始末することができた俺は、視線を合わせて頷き合うと、再びソラたちが待機している場所へと取って返して三人を守るように立つ。


「ええい、何をしているのですか!」


 俺たちが臨戦態勢を整えるのを見て、安全な位置で戦いを見ていたユウキの憤った声が聞こえる。


「相手はたった二人と獣一匹なのですよ! それなのになんて無様な姿を晒しているのですか!」


 ユウキは地団太を踏み、カンテラを激しく振り回しながら部下たちを叱咤するが、そんなことぐらいで状況がよくなるはずもなく、縦横無尽に駆けまわるロキによって一人、また一人と戦闘不能に陥る者が増えていく。


「この役立たずが! いいですか? 何も全員をまともに相手する必要はないんです。あそこにいる獣の娘……あの獣の娘だけを殺せばいいんです! そうすれば、世界は救われるのですよ!」

「――っ!?」


 ユウキに名指しされたソラは、顔を青くさせて思わず身を竦める。

 そんなソラを安心させるため、俺は彼女を庇うように立ってユウキを睨む。


「一つ言っておくが、俺の大切な家族には絶対に手を出させない……絶対にだ!」

「コーイチさん……」


 ソラの声が震えているのに気付いた俺は、安心させるように彼女の手をそっと握って笑う。


「大丈夫。俺が絶対守るから」

「……はい、信じてます」


 ソラが安心したように微笑を浮かべるのを見て、俺は頷きながら周囲を見る。


 ……そろそろ潮時だろう。


 俺は自警団の連中が十分数が減ったことを確認すると、口に咥えた男を投げ飛ばしていたロキに向かって叫ぶ。


「ロキ!」


 声に反応してロキの視線がこちらに向くのを確認すると、俺は憤怒の表情でこっちを睨んでいるユウキを指差す。


「あの男だ! あの男をやれば全て片付く!」

「ワン!」


 その声にロキは心得たと一鳴きすると、周辺の自警団を吹き飛ばしながらユウキに向かって突撃していく。


「――ッ、ヒイィィ!」


 ロキが突撃してくるのを見たユウキは、顔を青くさせながら逃げ出す。


「逃がすな! ここで奴を倒すんだ!」


 いざという時に対応できるように、俺もロキの後に続いてユウキを追いかける。


 例え奴がイクスパニアを恐怖に陥れた殺人鬼だとしても、ロキのような超越した力を持つ戦士を相手に、正面切ってまともにやり合える実力があるように思えない。


 だが、あれだけ普段から人を見下したように立ち回る男が、大勢の部下が見ている前で無様に敗走する姿を見せるだろうか?

 おそらくあの行動はブラフだ。

 あの行動の裏には、何かあるに違いない。


 おそらく奴も俺と同じ、正攻法で戦うよりも搦め手を使う方を得意としているはずだ。

 ロキの背中を追いかけながら、俺はユウキが何を仕掛けてくるのかを考え続けた。

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