第359話 運命を変えるために

(一刻も早く声を上げて助けを呼ばなければ……)


 そう思うソラではあったが、大きく息を吸い込もうとすると、胸に鋭い痛みが走り、声をあげたくてもどうしても上げることができなかった。


「私が二人の邪魔したから……自分のわがままを通そうとしたからいけなかったの?」


 もし、自分が倒れなければ、こうして地上に出てくることもなかったのだから、二人がピンチに陥ることもなかったのではないだろうか?

 全ては勝手な憶測に過ぎないのだが、自分の都合で未来を変えるという罪を犯したと思っているソラは、泣きながら「ごめんなさい」と繰り返していた。


 すると、


「おねーちゃん、ないてるの?」


 泣き声を聞いて起きてしまったのか、ミーファがソラのすぐ隣にまでやって来ていた。

 ミーファは泣いているソラへと手を伸ばすと、頭を優しく抱き締めて撫で始める。


「あのね……まえにミーファがないちゃったとき、おにーちゃんがこうしてくれるの」

「コーイチさんが?」

「うん、そしたらミーファ、ぽわぁってなんかあったかくなって、げんきになったの」


 そこまで特別なことでもないような気がするが、それでもミーファはその出来事が余程嬉しかったのか、頬を紅潮させ、目を輝かせながら話す。


「だからね、ソラおねーちゃんもこれでぽわぁってなるかな?」

「うん……ありがとう」


 ミーファの言う気持ちと同じかはわからないが、幼い妹の気遣いにソラは嬉しくて涙が溢れてくる。


「あ~、またソラおねーちゃんないてる」

「ち、違うの。これはね……」


 ソラは慌てて涙を拭いながら、今のは嬉しくて出てきた涙であるとミーファに説明をした。



 考えてみれば、ミーファが起きたのなら、彼女に外の人を呼んでもらえばいい。

 そのことに気付いたソラは、ミーファに夢のことを話した。


「ミーファも私と同じ夢を見たのならわかるでしょ? このままじゃ、コーイチさんたちが危ないの」

「……うん」

「だから一刻も早く私たちが助けに行かないと……それで、ここにいる人たちはどんな人たちだった?」

「うんとね……」


 ソラの質問に、ミーファは首をコテン、と横に倒しながら答える。


「しわしわのおじーちゃんと、おおきなおじちゃんだったよ」

「そ、そう……それで、その人たちは強そうだった?」

「わかんない」

「わかんないって……」


 無邪気なミーファの答えに、ソラは頭を抱えたくなる。


(でも……)


 考えてみれば、戦士でもないミーファに、見た人の強さを聞いても意味がないことにソラは気付く。


 何故なら、自分も見ただけで相手が強いか弱いかなんてわからないからだ。

 それに、危険を冒して自分たちを助けてくれた人間を、自分たちの問題に巻き込んでいいものだろうか。

 獣人に手助けをしたということがバレただけでも大事になりそうなのに、見ず知らずの人たちに、これ以上の迷惑をかけるのは得策ではないだろう。


(それに、お爺さんとおじさんの二人じゃ、きっと戦えないだろうし……)


 流石に一般人をあの場に連れて行くわけにはいかないと、ソラはここにいる人に頼るのを諦める。

 実際はオヴェルク将軍とマーシェンの二人がいれば、百人力といっても過言ではないのだが、二人がいる時に意識が無かったソラがそのことを知る由もない。


「でも、そうなるとどうしたら……」


 ソラはおとがいに手を当てながら、代替案を考える。


 何より自分たちが行っても、大した戦力にはならない。

 最低でも一度集落に戻り、誰か戦える人を呼んでこなければならないだろう。

 その為には、先ずはこの部屋から出る方法を考えなければいかない。


「…………コーイチさんみたいには、いかないものですね」


 色々考えたが、思いつくのはどれも当たり前のことばかりで、しかも結局は最初の一歩である、この扉をどうにかしなければならないようだ。


「となればここは、姉さんみたいに……」


 知識は見ただけ、経験は皆無だが、シドが扉を開ける時に行うピッキングに挑戦するしかないだろう。


 そう結論付けたソラは、鍵穴にさせるような何か細いものはないかと室内を見渡す。

 すると、


「…………ミーファ?」


 窓際に立ったミーファが、耳をピクピクさせながら、しきりに外を眺めていることに気付く。


「ああ……」


 そういえば、ミーファは満天の星が瞬く夜空や、大きくて丸い碧い月を見るのは初めてだったかもしれない。

 そう思ったソラが、碧い月に目を奪われているミーファへと近付くと、


「ソラおねーちゃん!」


 ミーファが嬉しそうに笑顔を弾けさせながらソラに抱きついてくる。


「やったよ。かえってきたよ!」

「……えっ、誰が?」

「あのねあのね、いますぐおにーちゃんたちのとこ、たすけにいこう!」


 尻尾をわさわさと激しく動かし、嬉しくて堪らないといった様子のミーファを見て、ソラの頭は混乱仕掛けるが、気になる単語を聞き逃すことはなかった。


「た、助けに行くって……コーイチさんと姉さんを?」

「うん、だからいこっ」


 ミーファは嬉しそうに頷くと、窓を開けようと窓枠に手をかけてガタガタと揺らす。


「むぅ……あかない」

「駄目よ。ミーファ、出るなら扉からね?」

「やっ、ここじゃないとだめなの!」


 首をブンブンと振ったミーファは、何かないかとキョロキョロと辺りを見渡すと、


「あった!」


 そう言って、机の上にあった文章を書くときに使う円形状の重しを手に取る。


「まさか……ま、待って、ミーファ!」


 妹の暴走を止めようとソラが慌てて止めようとするが、


「やぁ!」


 それより早く、ミーファは重しを窓に向けて力いっぱい放る。

 次の瞬間、窓ガラスがガシャン! と盛大に音を立てて吹き飛んだ。

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