第357話 失意
合図を皮切りに、自警団の面々が堰を切ったかのように一斉に動き出す。
がっちりと隊列を組み、一糸乱れぬ動きで迫る彼等の手には、一様に長槍が握られている。
対する浩一はナイフ、シドは黒の処刑人が使っていた槍を手にしているが、その槍は柄が途中で折れてしまっており、長さは本来の半分となっていた。
既にリーチの部分で差が付いているのに、人数は十倍以上、さらには二人には守らなければならない少女が一人いる。
故に、本当なら背中合わせで互いをカバーするように戦うべきなのに、少女を守るために二人は単独で挟撃を仕掛けてくる自警団に相対する。
浩一は腰のポーチから次々と道具を繰り出して敵を翻弄し、シドはその類まれな運動能力を遺憾なく発揮して敵を圧倒する。
だが、それが通じるのは精々、最初の三人か四人目までだ。
四人目の自警団を斬り伏せたところで、浩一のナイフが折れてしまう。
折れたナイフを投げ捨て、急いで二本目のナイフを取り出そうと手を伸ばすが、その腕に突き出された槍が突き刺さる。
苦悶の表情を浮かべながら浩一が声を上げると、それに反応するかのようにシドが彼へと向き直る。
そんな隙を晒したシドの背中に、立て続けに三本の槍が突き刺さる。
血を吐き、うつ伏せに倒れるシドの背中に、次々と槍が突き立てられていく。
一方、武器を失った浩一にも次々と自警団たちが迫り、その体に穴を穿つべく、次々と槍が迫った。
「――ハッ!?」
慌てて目を見開いたソラは、寝ていたベッドから飛び起きる。
「………………夢?」
小さく呟きながらぐっしょりと濡れた自分の手を見て、ソラは今のがたまに見る予知夢出会ったことを知り、
「はぁ…………よかった」
彼女は溢れ出てきた涙を拭って、大きく安堵の溜息を吐く。
「ここは……」
自分が何処にいるのかわからないソラは、不安を覚えながら首を巡らせる。
ボロボロに朽ちた様子の木造の部屋に、ツンと鼻につく薬品の匂い、そして自分が寝かされている少しくたびれたベッド……そして、何より普段暮らしている地下牢との決定的な違いがあった。
「…………お月様」
部屋に一つある窓から覗く、穴倉生活では決して見ることができない碧く輝く月を見て、ソラは思わず相貌を細める。
どうやらここは病院、しかも地上の……人間が暮らす領域の病院のようだ。
どうして自分がここにいるかなんて考えるまでもない。
自分が血を吐いて倒れたのを見て、心優しいあの人が無茶を押して、ここまで運んでくれたのだろう。
そう思うと、ソラは自分の胸の中に暖かな気持ちが溢れそうになり、嬉しくて思わず自分の胸を抱く。
だが、そんな愛おしい人たちに、危機が迫って来ている。
「姉さん…………コーイチさん」
先程の見た夢がどれだけ先の未来を示しているのかはわからないが、このままではあの二人……そして、名も知らない少女の三人が無残に殺されてしまうだろう。
「でも、どうしたら……」
シドのように強力な力も、浩一のように気転を利かせるような戦い方ができないソラには、何かができるわけでもない。
どうして戦う術がない自分にこんな力があるのか。
ノルン城で召喚術を研究していた巫女、レドの次女として生まれたソラが初めて不思議な夢を見たのは、七歳の時だった。
ノルン城の上空を覆い尽くす魔物を前に、必死の抵抗空しく次々とやられていく異世界からやって来た自由騎士と獣人の戦士たち……そして父である獣人王。
魔物たちの蹂躙はそこで留まらず、ノルン城に侵入した後は、戦う術を持たない人たちを嬲り殺しにし、母と姉、そして産まれたばかりの妹までもその毒牙へとかけられてしまう。
そうして最後に残った自分の下へやって来た一つ目の巨大な魔物が、手にした棍棒を振り下ろすところで目が覚めるという夢だった。
余りの怖さに泣いてしまうばかりか、ようやく治ったと思った粗相をしてしまったソラは、泣きながら母親のレドに夢の話をした。
怒られるのが嫌だから、適当な嘘を吐いた。そう思われるかもしれないと思うソラだったが、彼女の話を聞いたレドは怒ることなく、夢の子細を話すように言ってきた。
ソラから夢の話を聞いたレドは、夫である獣人王と何やら相談を交わし、ソラたち三姉妹をノルン城から密かに逃がすことに決めたのだった。
その後、魔物の襲来によってノルン城が陥落したと聞いた時には、ソラはこの夢が未来を見る夢なのだと思うようになった。
それからもソラはたびたび自分がその場に居合わせるような、とてもリアルで不思議な夢を見ることになる。
条件はわからない。ただ、見る夢は決まってソラが望む夢ではなかった。
見る夢の多くは、集落に住む獣人が人間によって殺される夢で、ソラはその夢を見る度に心が張り裂けそうになる。
本当なら危険を本人に知らせてあげたいのだが、母であるレドから、力のことをみだりに他人に教えることは強く止められている。
未来を見るという力は非常に危険で、強力過ぎるから……知ればきっとソラの力を悪用しようとする者が現れるからということだった。
だからその力を教えていいのは、本当に信用できる人だけにしなさいと言われているのだが、
「その信頼できる人が……揃って危険なときにはどうしたらいいの?」
誰かに頼るしかないのに……それすらできない状況に、ソラは途方に暮れて頭を抱えるように蹲る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます