第356話 従魔の札
俺は、今さっき仕入れたユウキの情報を、自警団の連中へと全てぶちまける。
「ブレイブという名前は偽名で、本当はかつてイクスパニアを恐怖に陥れた最悪の殺人鬼、ユウキだ!」
正直、自警団の連中にいくら叫んだところで、俺の話を信じる者なんて殆どいないだろう。
「街を襲っているイビルバッドも、ブレイブが呼び込んでいるんだ。このままでは、君たちの家族にも危機が及ぶぞ!」
だが、たった一人でも、誰かの動揺を誘うことができれば、そこに突破口が生まれるかもしれない。
「その男の目的は、この街を守ることじゃない。混沌なる者の復活が目的なんだ。人類の敵である混沌なる者の復活を、君たちは許していいと思っているのか!?」
僅かな可能性を信じて、俺は必死に自警団の連中に叫び続けた。
「はぁ……はぁ……はぁ…………」
人前での大声での演説などという全く慣れないことをしたので、柄にもなく息が上がってしまった。
…………ど、どうだ。
果たして自警団の連中は、俺の言葉をどう受け取ったのだろうか?
そう思って周囲を見渡すが、
「あ、あれ?」
自警団の連中は動揺するどころか、さざ波一つ起きていなかった。
まるで感情を失ったかのように一糸乱れぬ姿勢で立ち、微動だにしない。
まさか、そこまで完璧にマインドコントロールしているのか?
そう思っていると、
「ククッ…………ククク…………ハーーハッハッハッハッハ!!」
突如として、ユウキが腹を抱えながら大声で笑い出す。
「おいおい、コーイチ君。まさか、大声で叫んで演説することが君の考えた案なのですか?」
「わ、悪いか!?」
俺は思わず反射的に、赤面しながら怒鳴り返してしまう。
そんな俺に、ユウキは唇の端を吊り上げたシニカルな笑みを浮かべながら話す。
「いえ、悪くありませんよ。そうやって私の正体を明かせば、正義感の強い自警団のメンバーの一人や二人は、動揺してしまったかもしれない。ですが……」
ユウキは右手を掲げると、管理者用だという金色のネームタグを取り出しながら、笑みを嗜虐的なものへと歪める。
「残念でしたね。ここにいる者は私のネームタグの力によって、完全に私の支配下に置かれているんですよ。だからコーイチ君。君の声は、最初からここにいる誰一人にも届いていないんです」
「な、何だって!?」
その衝撃の言葉に、俺は愕然となる。
まさかネームタグに、そんなチート能力があるとは思わなかったのだ。
「フフッ、いい機会ですから教えてあげましょう」
俺の驚くリアクションを見て興に乗ってきたのか、ブレイブは誇らしげにネームタグを掲げながら話す。
「そもそもこのネームタグは、我等が主、混沌なる者が魔物たちを支配するために造った代物なのですよ」
ユウキによると、この街ではネームタグと呼ばれているが、本来は従魔の札と呼ばれ、イクスパニアにいる殆どの魔物に埋め込まれているという。
魔物は基本的に混沌なる者から生まれ、彼の者の命令にしか従わないが、そこで活きてくるのが管理者用のネームタグである。
「この特別なネームタグは、特別な地位にいる者にしか与えられないもので、これがあるお蔭で、魔物たちを従わせることができるのですよ」
「それじゃあ……この街の住人は……」
「ええ、そうです。体にネームタグが入っている人物は、全て私の思い通りに動かせるというわけです」
「…………」
自信満々にニヤリと笑ってみせるユウキだが、俺はその言葉に違和感を覚える。
ネームタグが入っている者は、全員思いのまま操れると言うが本当だろうか?
それが本当なら、この街の人間の殆どがユウキ、そしてエスクロに気付かないうちに完全支配されているということになる。
「おや、何やら不服そうですね?」
俺が何のリアクションを取らないことに、ユウキが不思議そうに小首を傾げる。
「私の言うことが信じられませんか?」
「ああ、信じられないね」
こんな奴の言うことなど、一か十まで信じたくもないが、この件については胡散臭いことが多すぎる。
俺は指を一本立てながら、ユウキが信じられない理由を話す。
「お前の言う通り、ネームタグを持つ者全員を操れるのなら、俺なんかが脅威になるはずがないんだよ」
何故なら、俺も過去にネームタグを体に入れていた時期があるからだ。
「俺の存在が邪魔なら、操って簡単に殺すことができたはずだ」
それをしなかったということは、自由に操れるようになるのは何かしらの条件が必要なのではないだろうか?
……では、条件とは何だろうか?
ここにいる二十名近い自警団の連中は、全てユウキの支配下に置かれていると言うが、自警団全員がここにいるわけではない。
ザッと見渡した限り泰三の姿は見えないことから、あいつはユウキに選ばれなかったということだ。
そこから考えられるのは、
「大方、操れるようになるのはネームタグを体に入れてからの時間……つまりはどれだけネームタグが体に浸透しているかが関係しているのだろう」
「ほう……」
「しかも、お前が付いている嘘は、もう一つある」
俺は二本目の指を立てながら次の理由を話す。
「二つ目は操れる人数だ。お前はこの街の人間を全員を操れると言ったが、実際は操れる人数には限度があるはずだ」
「……その根拠は?」
「単純な話だ。もし、上限がないのなら、数匹のイビルバッドと言わず、迷いの森に住む数多の魔物を総動員すればいい」
数の暴力は絶対だ。
万の魔物を操ることができるのなら、こいつの目的はいとも簡単に達成できるはずだ。
そして、この操れる者の上限……これについては何となく読めている。
「おそらく、その管理者用のネームタグにはコスト上限が設定されているのだろう?」
コスト上限とは、ネームタグを持つ者の強さをコストとして数値化し、数値の制限内まで操れるということだ。
例えば、コストの上限が二十あるとして、人間の一人を操るコストが一とすれば、最大二十人まで操れる。
一方、イビルバッドのような強力な魔物はコストが重く、その数値が十だとすれば、操れるのは二匹までとなる。
この考え方は、カードゲームをプレイしたことがある人だとしっくりくると思うが、あながち間違いではないだろう。
他で例えるなら、コップに水を入れると想定して、そのコップの中に納まる範囲までなら、操れるということだ。
「ハハハッ、素晴らしいね!」
俺の考えを聞いたユウキが、感嘆したように何度も頷きながら手を叩く。
「たったそれだけのヒントから、管理者用のネームタグの性能を正確に読み解くとは、君の洞察力には恐れ入ったよ」
「……お前に褒められても嬉しくねぇよ」
「まあ、そうでしょうね。ですから……」
笑みから一転して表情を消したユウキは、カンテラを掴んでいる右手をスッと高く掲げる。
「やはり君に時間を与えると碌なことになさそうだから、早々に決着を付けさせてもらいますよ」
「なっ!? ま、待て……」
「い~や、待ちません。心配しなくても、君だけは助けてあげますよ……まあ、五体無事かどうかはわかりませんがね」
そう言いながらユウキがカンテラを回すように振ると、俺たちを囲んでいた二十名の自警団が一斉に動き出した。
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