第353話 不死者という存在

 死んだと思っていた眼帯の男の登場に、俺は動揺を隠すことができなかった。


「どうして? あなたは死んだはずじゃ……」

「おい、コーイチ。何処に行くんだ!」

「シド、離してくれ。俺はあの人に聞きたいことがあるんだ!」


 だってそうだろう。あの時、処刑されたと思っていたあの人が生きているということは、雄二が……俺の親友の雄二が生きているかもしれないからだ。

 俺は腕を強く振ってシドの手を振り払おうとするが、彼女の方が力が強く、いくら振っても離れない。


「だから、待てと言っているだろう」


 暴れる俺を、シドは後ろから羽交い締めにするように抱き寄せると、俺の耳元で囁く。


「見てみろ。あいつが生きているように見えるのか?」

「えっ?」

「見てみろ。あいつは体中に傷を負っているのに、血の一滴も流れていない。他の奴もそうだ。それにあいつの目は、あたしたちどころか何処も見ていないだろ?」

「何を言って……」

「いいから見るんだ」


 シドは俺の顔を掴むと、ぐいっ、と無理矢理動かしてゆらゆらと揺れている眼帯の男の方へと向ける。

 別にそこまでしなくても……と思いながらも、俺はシドの言葉に倣って眼帯の男をよく見てみる。


「う…………うぁ…………ぁぁ…………」


 体中にガラスや金属片が突き刺さった姿が痛々しい眼帯の男は、何やら呻き声を上げながらよたよた歩くが、その足取りはどうしてかおぼつかない。


「…………あっ」


 そこで俺は、どうして眼帯の男の歩みが遅くなったのかを気付く。

 てっきり深刻なダメージを負ったのが原因だと思っていたが、よく見れば眼帯の男の左足、その膝から下がズタズタに引き裂かれ、中の骨が剥き出しになっていた。


 しかもシドの言う通り、あれだけの大怪我を負っているにも拘らず、傷口からは血が溢れ出てくることはなく、眼帯の男も自分の足がそんな悲惨な状態になっていることにすら気付いた様子もない。まるで何かに操られているかのように、俺たちに向かって真っ直ぐ歩いている。


 だが次の瞬間、眼帯の男は足を踏み外したのか、体大きく傾いたかと思うと、そのまま水路へと落ちてしまう。


「…………ぁ……ぁ」


 最初に襲いかかって来た時は水路の流れをものともしていなかったようだが、流石に深く傷付いた体じゃ上手く動かないのか、眼帯の男は水に流されるまま彼方へと消えていった。



「な、何だあれ……」


 俺は眼帯の男が消えていった方を見やりながら、思ったことを口にする。


「あんなのまるで……ゾンビじゃないか」


 いくら傷ついても倒れず、何度でも立ち上がって目の前の獲物を狩ることだけに固執する。

 目は虚ろで会話は成り立たず、意味不明な呻き声だけを繰り返す。

 ただ、傷口から血が出ない。意思はなくとも何者かの命令を受けて行動している。そして、武装して襲いかかってくる等、若干の相違点はあるものの、シドが言う通りあの人が既に死んでいるのだとすれば、あれこそまさにゾンビではないだろうか。


 そんな考察を立てた俺に、


「まるで、じゃなくてあれはゾンビそのものだろう」


 シドは苦々しい表情で頷きながら肯定する。


「自警団の奴等、まさか処刑した人間をゾンビ化させて、自分たちの都合のいい駒にしていたのか。そんなことができるなんて、もしかして奴等は……」

「ちょ、ちょっと待って」


 爪を噛みながら苦々しく呟くシドに、俺は思わず待ったをかけながら質問する。


「一つ確認したいんだけど、この世界にはゾンビって普通にいるものなの?」

「いや、普通はいない」


 俺の疑問を、シドはバッサリと切って捨てる。


「何故なら死者は、余程特別な理由がない限り、火葬されるからそもそも死体が残らない。それに、ゾンビを生み出せるのは特定の者だけだ」

「特定の……者?」

「ああ、ゾンビはな……」


 そこでシドは大きく息を吸うと、まさかの一言を告げる。


「ゾンビは混沌なる者……そして、それに連なる者だけが生み出せるんだ」


「ハッ……ハハッ、何言ってんだよ」


 シドが言い放った一言に、俺は乾いた笑い声をあげる。


「どうしてそこで混沌なる者の名前が出てくるんだよ。だってあいつは魔物を統べる存在で、俺たち人間の敵だろ?」

「そうだ。だが、全ての人間が奴を敵と認識しているわけじゃない。奴を神と崇め、信仰する組織も存在するんだ」

「そんなこと……」


 ない、とは言い切れなかった。

 日本に限った話ではないが、信仰する対象を神ではなく、悪魔とする者がいる。

 その者は悪魔崇拝者として、地域によっては忌み嫌われることもあるかもしれないが、殆どの場合は社会に問題なく溶け込み、普通の人と同じように暮らしている。

 何故なら、悪魔崇拝者であったとしても、現実問題として悪魔そのものがいないのだから、思想の違いで衝突することがあっても、崇拝する者からの実害はない。


 だが、この世界では混沌なる者という明確な人類の敵がおり、多くの人が魔物の被害に遭っているのだ。

 そんな奴を崇拝するなんて、一体何を考えているのだろうか。


 ……あれ、ちょっと待てよ。


 そこで俺は、とんでもないことに気付いてしまう。

 ゾンビを作ることができるのが混沌なる者、もしくはそれに連なる者にしかできないのならば、もしかしてブレイブたちは……


 俺の中である疑念が浮かんだその時、


「おや、まさかまだこんなところにいるとは思いませんでしたよ」


 俺の耳に、今最も会いたくない男の声が聞こえた。

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