第349話 仲間割れ!?

「ほらほら、いくぞ!」


 叫び声を上げながら、シドは忌避剤の入った瓶を寝ている大ネズミの群へと投げる。

 次の瞬間、瓶が割れる音と共に「チューチュー」というネズミの鳴き声がそこかしこから聞こえ始める。


「ひぅっ!?」


 地響きを上げながら大ネズミが移動を開始すると、俺の背中に隠れるように小さくなっていたリムニ様が悲鳴を上げる。


「うぅ……何度聞いても、あの鳴き声には慣れるのじゃ」

「リムニ様は、本当にネズミが嫌いなんですね?」

「むしろ平気な顔をしているコーイチと、シド姫が異常なんじゃ。あいつらは……あいつらは歩く病原菌と呼ばれるほど、不浄な生き物なのじゃぞ?」

「ああ……そうらしいですね」

「そうらしいって……」


 素っ気なく答える俺を見て信じられないと絶句するリムニ様だったが、ネズミが不潔という認識はあっても、実感がないのだから仕方がないと思ってほしい。


 何処に行っても清潔な空間が広がり、日常生活においてネズミを見ることなどまずない日本では忘れられつつあるが、ネズミが忌避される理由の一つに、その不潔さであらゆる病気を運ぶ要因になるというのがある。

 まあ、これはネズミに限った話ではなく、聞いた話だと、多くの人が可愛いと思うスズメなどもかなり危険で、他にも蚊などは地球上で人類を最も殺している生物として知られているほど、危険な生物だったりする。


 この世界の疫学事情に関してはさっぱりだが、そんなことにまで精通しているとは、流石は勤勉なリムニ様ということだろうか。

 この小さな体に、どれだけの知識を蓄えているのかは未知数だが、リムニ様がその力を正しく使ってくれるのであれば、俺はこれからも彼女を応援したいと思っていた。


「な、なんじゃ……」


 ジッと見られている気配を察したのか、リムニ様が小さく身じろぎしながら、俺の袖を引っ張ってくる。


「よく見えぬが、何だか邪な目で我のことを見ておらぬか?」

「よ、邪だなんて……少なくとも、そんな失礼な目では見ていないですよ」

「本当か?」

「本当です。ただ、純粋にこれからもリムニ様の力になりたいと思っただけです」

「そ、そうか……」


 俺の言葉を聞いたリムニ様は、俺の腰へと手を回すと、ギュッと力強く抱き締めてくる。


「その言葉、信じていいのか?」

「勿論です。その代わり、この件が片付いて無事にリムニ様が領主の地位に戻ったら、獣人たちをあの地下から救ってあげて下さい」

「そう……じゃな。我も今まで状況に流され続けて来たが、立ち上がる時が来たのかもしれん」

「それじゃあ……」

「ああ、我もコーイチと気持ちは一緒じゃ。決して楽な道ではないだろうが、必ずや獣人たちを穴倉から救ってみせようぞ」

「――っ、あ、ありがとうございます!」


 リムニ様から言質を取った俺は、喜びの余り彼女の小さな体を思いっきり抱き上げる。


「わ、わわ……な、何をするんじゃ!?」

「これでようやく俺の悲願が達成できるんです! こんな嬉しいこと、他にありますか」

「わかった。わかったから下ろしてくれ! 暗くて……何も見えない中で振り回すな! こ、怖い……怖いよおおぉぉ!」

「あっ、すみません」


 リムニ様が悲鳴を上げながら泣き出してしまったのを見て、俺は冷静になって彼女を下ろしてやる。


「すみません。流石に調子に乗り過ぎました」

「うう……全くじゃ。こんな怖い目に遭わせおって、獣人は助けても、コーイチは今後も地下暮らしを命じるぞ」

「そ、それは勘弁して下さい」


 ペコペコと頭を下げながらも、俺は少し安堵していた。


 詳しくは聞いていないが、心を壊されかけたリムニ様がこうして再び冗談を言えるぐらいには元気になって良かったと思う。

 例え、それがただの強がりだとしても、強がりも言えないよりはよっぽどいい。

 そんなことを思っていると、


「…………何やってんだ」


 大ネズミに向かって忌避剤を投げてきたシドが、リムニ様に向かってペコペコと頭を下げる俺を見て、眉を顰める。


「あたしが一人で魔物の気を惹いている間に、二人してイチャイチャして遊んでいたのか?」

「い、いやいやいや、そんな訳ないでしょう」

「そ、そうじゃ! 少なくとも、我はコーイチにそこまで気を許した覚えはないぞ」

「……そうか」


 最後に悲しい事実を突き付けられたが、シドはようやく納得したかのように頷いてくれる。


「それで、コーイチ。これで大体の大ネズミが動き出したわけだが、これであたしたちの位置が敵にバレることはなくなったんだな?」

「うん、だと思う。ただ、これで俺も索敵ができなくなったけどね」


 シドが寝ている大ネズミを起こして回っている間に、試しにアラウンドサーチを一度使って見たが、余りの反応の多さに頭が割れそうになって、すぐさまスキルを解除したのは記憶に新しい。


 だが、これで状況は五分になった。


 おそらく向こう側も俺たちが地下水路にいるところまでは突き止めただろうから、そろそろ今後の目的地を決める必要があるだろう。

 応急手当はしたが、度々痛そうに顔を歪めているリムニ様に、一刻も早い治療が必要だと思っていた俺は、水路に手を差し伸べて喉を潤しているシドに今後の予定について話す。


「シド、これからのことなんだけど……とりあえずリムニ様の治療をキチンとしたいから、一度診療所まで戻らないか?」


 これまで幾度となく話し合いをしてきたが、特にこれといって対立したことがない俺とシドの関係だから、手っきり今回もすんなり話が通る。

 そう思っていたのだが、


「はぁ!? 何を言っているんだ」

「えっ、でも……」

「あたしは何があっても、診療所に戻ることは反対だからな!」


 シドは強くかぶりを振ると、思いっきり不機嫌を表すように眉を顰めた。

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