第348話 動き出す黒幕
浩一が残した忌避剤の空き瓶を上手く使って、大ネズミとの接敵を上手く避けることができた者もいたが、全ての者がそう上手くいくとは限らなかった。
「う、うわああああああああぁぁ!」
「こいつっ、ネズミの癖に……ぎゃ、ぎゃああああああああっ!」
「だ、誰か……助け………………」
別の場所では、無数の大ネズミによって蹂躙される男たちがいた。
大ネズミの大きさは、成体で四十センチから大きなものだと六十センチほどとなるが、一匹一匹の力はそこまで強くなく、単体でエンカウントした場合は、一方的に倒されてしまうことが殆どだ。
だが、成体の大ネズミの体重は十キロ近くあり、暗闇から不意打ちによる体当たりを喰らえば、大の大人といえど、態勢を崩さずにはいられないだろう。
事実、現在大ネズミの猛攻に晒されている彼等は、先頭を歩いていた者が不意打ちで倒され、手にしていた唯一のカンテラを失ってしまったことで、形成は決したも同然だった。
「や、やめ……」
げっ歯類特有の長い歯をカチカチさせながら迫る大ネズミを前に、血まみれの男はイヤイヤとかぶりを振りながら、擦り傷だらけの顔をガードするように手を掲げる。
だが、掲げた手には食い千切られたのか三本ほど指が無く、滴り落ちる血と、剥き出しになった骨が見るからに痛々しかった。
残虐非道と言われる賊でも、この姿を見たら少しは手心を加えて一刻も早く楽にしてやろうと思うかもしれないが、人間のような豊かな感情を持ち合わせていない大ネズミには関係ない。
一瞬で距離を詰めた大ネズミは、男が顔の前で掲げている手に齧り付くと、残っている二本の指の一本、薬指を容赦なく噛み千切る。
「ぎゃああああああああぁぁ…………あぁ……ぁぁ…………」
再び指先から吹き出す血に男は堪らず絶叫するが、その叫び声が不自然に途中で止まる。
見れば、叫び声を上げる時に顎が上がり、露わになった男の首元に、別の大ネズミが割り込んで噛みついたのだ。
「ぁ………………」
頸動脈が噛み切られた男は、おびただしい量の血を吹きながら、その場に仰向けに倒れる。
それと同時に、数え切れないほどの大ネズミが男へと襲いかかり、我先にと容赦なく噛み千切っていく。
気が付けば、残る二人の男の叫び声は途絶えていた。
後には大ネズミたちによる「チューチュー」という大合唱と、肉を裂き、骨を砕くような不気味な音が暗闇の中に響くだけだった。
――その頃、リムニの屋敷でアラウンドサーチを使って状況を見ていたブレイブは、
「…………やられた」
頭痛を堪えるように頭を押さえながら、目を開けてアラウンドサーチを解除する。
すると、
「ブ、ブレイブ様……鼻血が……」
「えっ? ああ、本当ですね」
自分の鼻に手を当てて苦笑するブレイブだが、その筋の通った鼻からは、今も血が垂れ続けている。
これは、アラウンドサーチによる索敵範囲に、処理できる限界を超える量の反応が現れた為、脳に多大な負担がかかって何処からか出血して鼻血が出ているのであった。
この処理できる限界は、数ではなく動いている量と質によって変わり、今は、とんでもない量の赤い光点が、非常に素早く動いた所為で処理限界を超えたのであった。
(……まさか、地下水路にいる魔物たちを一斉に起こして動かすとはね……)
ブレイブは部下から差し出されたハンカチを受け取り、流れ出る鼻血を抑えながらどうしたものかと考える。
自分たちの居場所がアラウンドサーチで探られていると察した浩一は、どうやら地下水路に生息している無数の魔物たちを次々と刺激して、活動状態へとしたようだ。
これにより地下水路にはとんでもない数の赤い光点が動き出すようになり、ブレイブが使うアラウンドサーチは封じられたも同然だった。
(ただ、それは向こうも同じはずなんですがね。それに魔物を一斉に活動させるなんて暴挙に出て、どうして自分たちだけ無事でいられるのか……)
人を殺すことに関しては一日の長があるブレイブだが、魔物退治に関してはたいした知識もないので、浩一が何をしたのかは理解できなかった。
それに、最後に確認できた範囲で、既にいくつかの部隊が赤い光点の波に呑まれてしまったのを確認している。
赤い光点の正体はわからないが、相手が魔物であれば、あれだけの数の差を断った三人で覆すのは難しいだろう。
今すぐにでも部下たちを救出する部隊を編成すべきだろうか。そんなことをブレイブが考えていると、
「ブ、ブレイブ様、大変です!」
地下水路で、大ネズミの群れに襲われそうになった壮年の男を中心とした三人組が、血相を変えて戻ってくる。
「大ネズミです。地下水路にいる大量の大ネズミたちが一斉に動き出しました」
「……そうですか」
「それと、これを見つけました」
そう言って長髪の男が、空の瓶をブレイブに差し出す。
「この中には、どうやら忌避剤が入っていたようです」
「きひざい……ですか?」
「そうです。ハーブなどを混ぜて作る薬で、特定の魔物が嫌うにおいを発生させ、奴等を近づけない効果がある薬です」
「なるほど……それで」
浩一たちは大量の大ネズミに囲まれても、襲われずに済んでいるようだ。
種がわかればどうということはない。
アラウンドサーチが使えないのは痛手だが、浩一たちが地下水路にいるのならば、最早、追い詰めたのも同然だ。
「……わかりました」
ブレイブは深く頷くと、よく通る声でこの場にいる者たちに指示を出す。
「今ある忌避剤をあるだけ用意して下さい。それを持って全員で地下水路に潜ります」
「えっ、全員ってことはブレイブ様も……ですか?」
「ええ、私も行きます」
憧憬の眼差しを向けてくる長髪の男に、ブレイブは微笑を浮かべながら答える。
「せっかくですから、私もたまには仕事をしないとね?」
「――っ!? お、お供します」
長髪の男は嬉しそうに笑顔を弾けさせると、自警団が貯蔵している忌避剤を取るために駆け出していった。
その結果如何では、この世界がどうなってしまうかなど知る由もなく。
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