第347話 人海戦術

 一方その頃、リムニの屋敷の敷地内にいるブレイブは、卓上の上に広げられたグランドの街の地図を前に、目を閉じたまま何かを熟考していた。


 目を閉じたまま動かないブレイブを、二十名近くの自警団の面々は黙って見守る。

 ブレイブがこの状態に入った時は、黙って見守るようにというのが、自警団における暗黙のルールとなっていたからだ。


 そのまま目を閉じて黙考していたブレイブは、


「……それでは、次の指示を出します」


 目を開けると、三人一組となっているグループに次々と指示を出していく。


「第七部隊は、街の南口……この宿前まで向かって下さい。第八部隊は、南口近くの橋から地下水路に入り、この通路を通ってこちらに抜けて下さい。第九部隊は……」


 そうして次々と指示を出して行くと、今度は最初に目的地へと向かった部隊が戻ってくる。


「わかりました。では、次にあなたたちは……」


 戻って来た部隊から報告を聞いたブレイブは、地図を指差しながら更なる目的地を指示し、そこを探索するように指示を出す。


「何度も言いますが、細かく見る必要はありません。指示された場所へ行き、何もなかったら、すぐに戻って来てください。次の指示を出します……」


 そうして一通り部下たちに指示を出したブレイブは、再び目を閉じて黙考する。



 現在、ブレイブが行っているのは、浩一たちを追い詰めるための徹底した人海戦術だった。

 自警団を細かくグループ分けし、目を閉じて発動するスキル、アラウンドサーチの索敵に引っ掛かった浩一たちがいると思われる地域一帯に、三人一組の部隊を送り出す。

 向こうは自分と同じ能力を有しているから、自警団の接近を察知したら移動をすると踏んでいた。


 そのブレイブの読みは、見事に的中する


 そうしてこちらの部隊を警戒して動き出した三人組を見つけたブレイブは、盤上で駒を使って競う遊戯のように、浩一たちと思われる三人組を追い詰める作業に徹していた。

 追い詰められた浩一たちが逃げる先は、密かに彼等に協力をしている者のところか、獣人たちの住処か……。


 そのどちらかにいるであろう、獣人の姫、その中でも召喚術の使い手であったレドの力を受け継ぐ娘を殺すことが、今のブレイブに与えられた仕事であった。


「これまで何年も探して、ようやくみつけた本命なんだ。精々、私の役に立ってくれよ……自由騎士様」


 ブレイブは誰にも聞こえないような小さな声でそう呟くと、唇の端を吊り上げて邪悪に笑った。




 作戦を決めた浩一たちが移動した五分後、同じ場所に三人の自警団の制服に身を包んだ男たちが現れる。


「……いたか?」

「いえ、いませんね」

「こちらもです」


 リーダー格と思われる壮年の男の質問に、二人の若い男の自警団はかぶりを振って応える。


「ブレイブさんは、地下にいる可能性が高いと言っていましたが、本当にこんなところにいるんですかね?」

「それは、わからん。だが、奴等は獣人に与する悪魔だ。何が何でも見つけて狩るぞ」

「わかってますって。獣人たちがこの街にいる所為で、イビルバッドが襲ってくるでしょ? だったら一刻も早く奴等を始末して安全を確保しないと」

「わかっているならそれでいい。無駄口を叩いている暇があったら、何かそれらしい痕跡はないか探すんだ」

「はい」

「了解しました」


 壮年の男の言葉に、若い二人の自警団は、カンテラを手に周囲を観察する。


「どうせ、捜しても何も見つからないと思うけどな……」


 片方の長髪の男は、これまで二度、ブレイブから指示を受けて出動したが、二回とも空振りに終わったこともあり、今回も成果なしで戻る羽目になると思っていた。


 だが、


「……見つけました」


 もう一人の短髪の男が何か見つけたのか、カンテラを振りながら報告してくる。


「どうやらつい先程まで、何者かがここにいたのは確かなようです」

「それは本当か?」

「はい、見て下さい」


 そうしてやって来る二人の男たちに、短髪の男が手にしたビンを差し出してくる。


「これはすぐそこに落ちていたものですが、どうやら中身は気つけ薬だと思われます」

「……臭いを嗅いだのか?」

「ああ、非常事態だからな」


 嫌そうな顔をする長髪の男に、短髪の男は何の問題もないと頷いてみせる。


「三人組の一人は、怪我を負っているという話です。ですからここで、その治療を行ったのではと思われます。そして、中身のなくなった瓶をここに落としたが、明かりがないので回収を諦めた」


 冷静に報告する短髪の男に、壮年の男は満足そうに頷く。


「なるほど……確かに一理あるな」

「はい、しかも瓶の底には、僅かながら薬が残っています。その薬が乾燥していないことから、薬を使ってそう時間が経っていないと推察されます」

「なるほど……見せてみろ」


 壮年の男は手を伸ばして瓶を受け取ると、鼻を近づけて中の臭いを嗅ぐ。


「……うむ?」


 瓶の中の臭いを嗅いだ壮年の男は、スーッとする匂いに眉を顰めながらも、首を傾げる。


「これは……気つけ薬ではないぞ」

「えっ?」

「何処かで嗅いだことがある匂いなのだが……何処でだったかのう?」

「あっ、じゃあ俺に貸してください」


 そこに長髪の男が手を上げて駆けよってくると、半ば奪うように瓶を手にして無遠慮に鼻を突っ込む。


「……フムフム、これはハーブの匂いっすね」

「ハーブ?」

「はい、寝る時とかに枕元に置いておくと、ぐっすり眠れたりするアレです。これはどっちかっていると、虫除けとかに使うタイプのやつっすね」

「……詳しいんだな」

「はい、俺の実家、農家なんで……余った土地でこの手のハーブを育てると、虫の発生を抑えられたりして結構助かるんすよ」

「なるほどな……」


 壮年の男は再び瓶を手にすると、どうするか迷った挙句、これも何かの役に立つかもしれないと懐にしまう。


「この瓶の中身は大体わかった。では、奴等が向かった先はわかるか?」


 その質問に、短髪の男はゆっくりとかぶりを振る。


「そこまでは流石に……ただ、ここで引き返してしまうと、奴等を逃してしまう可能性があります。隊長、ここは追撃しましょう」

「むう……」


 短髪の男の血気盛んな発言に、壮年の男は腕を組んで考える。


 ブレイブからの命令では、目的の場所まで行って何もなければすぐに引き返し、次の指示を仰ぐようにということだが、これまで二度向かった場所と違い、今回は初めて成果らしい成果を得ることができた。

 その情報を持ち帰ることは勿論有益だが、その分、せっかく追い詰めたかもしれない獲物を、みすみす逃してしまう可能性もある。


(命令は絶対だが、時には臨機応変に動くことも大事だろう)


 そう判断した壮年の男は、


「よし、それではお前は報告に戻るんだ」

「えっ、俺だけっすか?」


 自分を指差す長髪の男に、壮年の男は頷きながら話す。


「そうだ。敵が地下にいるという情報は一刻も早くすべきだが、時間はかけられん。だから私とそいつで追撃をする。それでいいな?」

「はぁ……まあ、隊長がそう言うなら」

「自分は異論在りません」

「よし、それでは……」


 二人の部下が頷くのを確認した壮年の男が、気合の掛け声を上げようとしたその時、地下水路の奥の方から、地響きと共に何かが大量に移動する気配がする。


「な、何だ……」

「敵か?」

「二人とも、武器を構えろ!」


 今一緊張感の欠ける二人の部下に、壮年の男は愛用の剣を油断なく構えながら、カンテラを掲げて通路の先を凝視する。


 徐々に大きくなり地響きに、壮年の男は、自分たちが置かれている状況がただごとではないことを察する。

 いざという時は、二人の部下だけは……若い命だけは何が何でも守ってみせると思いながら、何が現れても大丈夫なように身構える。



 そうして待つこと数十秒、闇の奥から赤く光る動物の目が見え「チュウ」という泣き声が聞こえる。


「――っ、大ネズミだ!」


 地響きの正体が、地下水路に住み着く魔物、大ネズミの大群であることに気付いた壮年の男は、


「そうだ!」


 何かを思い出したかのように、懐にしまった瓶を取り出し、すぐ脇の水路から水をを掬って自分たちの周囲に撒く。

 そうして壮年の男は、瓶を使って水を掬っては撒き、掬っては撒くという作業を繰り返す。

 突然の奇行ともとれる行動に、二人の部下は訳が分からず顔をしかめる。


「た、隊長、何を?」

忌避剤きひざいだ!」


 短髪の男の疑問に、壮年の男は瓶を掲げながら叫ぶ。


「思い出したんだ! この匂いは、大ネズミ避けに使われる忌避剤の匂いだ! 奴等は一匹一匹は弱いが、集団で襲いかかれれば我々もひとたまりもないぞ!」


 そう叫びながらもう一度水を撒くと、三人の前に一匹の大ネズミが現れる。

 その大ネズミの背後には何十匹という赤く光る目が蠢いており、二人の部下たちは思わず身を固くしながら武器を油断なく構える。


「……手を出すなよ。下手に奴等を刺激するな」


 壮年の男は部下たちを手で制しながら、瓶の口を現れた大ネズミへと向ける。

 現れた大ネズミは、鼻をヒクヒクさせながら周囲のにおいを暫く嗅いでいたが、壮年の男が撒いた水に触れるようなことはなく、振り返って闇の中で蠢く仲間たちの下へと戻っていき、そのまま三人から離れていく。


「た、助かった……」


 地響きが遠くなっていくのを耳にしながら、長髪の男はその場にしゃがみ込む。


「隊長……なんだかヤバイですって。ここは一度、逃げましょう」

「うむぅ……そうだな」


 長髪の男の提案に、壮年の男は低く唸りながら頷く。


「確かにこの数の大ネズミは異常だ。我々三人だけでは、対処できないから戻って指示を仰ごう」

「はい」

「逃げるが勝ちっす」


 壮年の男の言葉に、二人の部下は素直に頷くと、三人はそそくさと地下水路から逃げ出した。

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