第341話 少女の慟哭

「…………ひぐっ…………えぐっ…………えぐっ…………」


 生まれた時から自分の面倒を見てくれ、時に叱り、時に褒めてくれた愛しい老紳士の亡骸を抱きながら、リムニは泣き続けていた。


「さて、リムニ様……我々の話を聞いてくれますかね?」

「…………」


 エスクロの呼びかけに、リムニはいやいやとかぶりを振るだけで、何も答えない。


 いや、応える余力などあるはずもない。


 老紳士の他にも、屋敷の使用人が何人かやって来たが、その全てが訳もわからずブレイブをはじめとする自警団の凶刃に倒れ、物言わぬ死体となって転がっている。

 他にも屋敷内には使用人が何人かいるはずだが、戦う術を持たない者たちが何人現れても、無用な死体が増えるだけなので、リムニは助けを呼ぶことすらできなかった。


 エスクロたちの目的は不明だが、どうしてこんなことをするのかリムニは皆目見当もつかなかった。

 既に散々好き勝手やっているエスクロたちが、形だけの領主であるリムニを襲ったところで得るものは微々たるものではないだろうか。


「どうやら、どうして私たちが造反したのかわからないという様子ですね?」


 すると、まるでリムニの心を読んだかのように、カイゼル髭を弄っていたエスクロがニヤリと笑う。


「もしよろしければ、この私がリムニ様にご高説いたしましょうか?」

「…………」


 その声に、リムニは泣くのをピタリと止め、憎しみを籠めた目でエスクロを睨む。


「おお、怖い。それが人にものを頼む態度ですか? お父上様はどういった教育を……って、おっと、お父上様はもういないんでしたね?」

「――っ!?」


 その傲慢な態度に、リムニははらわたが煮えくり返る思いに駆られるが、非力な自分ではこの男一人すら殺せないことは重々承知している。

 故に、せめてこの醜悪な男の真意だけは聞いておきたいと思い、静かに、絞り出すように話す。


「…………申してみよ」

「ええ、わかりました。態度は不服ですが、教えてあげましょう」


 エスクロはその風船の膨れた腹をポンポンと叩き、自慢のカイゼル髭を撫でながら歌うように話す。


「我々がリムニ様に反旗を翻した理由は単純です。リムニ様が、我々人類を裏切ったからです」

「…………はぁ?」


 エスクロの言っている意味が分からず、リムニは思わず声を上げながら思いっきり眉を顰める。


「うん、うん、素晴らしい顔ですね……」


 リムニの反応を見て、エスクロは予想通りといったように、満面の笑みを浮かべて何度も頷く。

 だが、エスクロはすぐさま顔の表情を消すと、


「我々が何も知らないと思っていたのか?」


 今までの楽し気な声を一転させ、低い声音で脅すように話す。


「リムニ様いけませんな……我々に内緒で、人類の敵である地下の獣たちを手助けするような真似をするなんて」

「な、なんのことじゃ……」

「ハハッ、この状況でまだとぼけるとはね……」


 そう言いながらエスクロはリムニの小さな右手を取ると、手の平をコンコンと叩く。


「リムニ様のここに入っているネームタグの情報で、あなたが何をしているのかは、何もかも筒抜けなのですよ」

「な、なんじゃと!?」

「あら、知らなかったのですか?」


 エスクロは赤い舌を出してベロリとリムニの手を舐めると、嬉しそうに破顔する。


「ネームタグを管理しているのは、この街に広めたのは誰だと思っているのですか?」

「ま、まさか……」

「そう、そのまさかですよ。今、リムニ様が身に付けている管理者用のネームタグ……実は私も身に付けているんですよ」


 エスクロはニヤリと笑いながら、右手の平から金色に輝くネームタグを出してみせる。


「ほらね? ですからリムニ様が街の商人を使って、密かに行っていた地下の獣人たちの救済活動……全て我々に筒抜けだったのですよ」

「――っ!?」

「おやおや、本当に知らなかったようですね」


 目をまん丸に見開いて驚くリムニを見て、エスクロはいたずらが成功したような子供のように「クツクツ」と肩を揺らしながら笑う。

 そうして一通り笑ったエスクロは、溢れてきた涙を手で拭うと、


「さて、それじゃあここで最後の質問です」


 ニンマリと笑いながらリムニへと問いかける。


「我々が聞きたいのは一つだけです。霊薬エリクサーは何処ですか?」

「な、なんのことじゃ……」

「おや、ここに来てもまだ、とぼけるのですか?」


 素直に言うことを聞かないリムニに、エスクロは表情を消しながら彼女の手を取り、無理矢理指を開かせる。

 そうして開かせたリムニの親指以外の四本の指を、エスクロは脂肪のたっぷりついた手で包み込む。


「――ッ!?」


 何をされるか察したリムニが必死に手を引こうとするが、ガッチリと掴まれた手はビクともしない。

 青ざめるリムニを見て、エスクロは白い歯を見せるようにニッコリと笑うと、


「そういう悪い子には、お仕置きです!」


 そう言って、リムニの指を思いっきり折り曲げる。


「ぎゃあああああああああああああああああああああぁぁ…………あぁ……あぁ……」


 大人の力によって折り曲げられたリムニの指は、あっさりと折れてしまい、中で激しい内出血が起きているのか、みるみると青紫色になりながら肥大していく。


「あぁ……痛い…………痛いのじゃ……………わあああああああああああああぁぁん……」


 指を折られたリムニは、折れてしまった自分の指を抱えながら、大声で泣き出してしまう。

 追い詰められて尚、超然たる態度を崩さなかったリムニでも、大の大人でも泣き出してしまうほどの痛みには耐えられなかった。


「誰か……誰か助けてくれ…………爺…………クラベリナ……誰でもいい我を助けてくれ……うわああああああああああああああああああああああああぁぁ!!」

「やれやれ、うるさいですね」


 大声を上げて泣き喚くリムニを前に、エスクロは顔をしかめながら彼女へと手を伸ばす。

 リムニの象徴である長いアッシュブロンドの髪を掴んだエスクロは、グイッと引っ張りながら彼女へと脅すように問いかける。


「まだ、とぼけるのですか? それとも、片手だけじゃ足りませんか?」

「し、知らぬ! 本当に知らぬのじゃ!」


 リムニはいやいやと全力で首を横に振りながら、必死に言葉を並べる。


「確かに頼まれて霊薬を探してはおった。じゃが、結局薬を見つけることはできず、代わりにいくつかの薬を見繕っただけじゃ!」

「ああ、そうですか。だからネームタグに何の記述もなく、必死に探しても見つからなかったのですね」


 リムニが密かに霊薬を手に入れたと思ったエスクロは、ここ数日、私兵を使って薬を探させていた。


 だが、誰のネームタグを調べても、何処を探しても霊薬は見つけられず、奇跡の薬と呼ばれるだけに、ネームタグには記述されないのだと疑っていたぐらいだった。


「なんだ……そうだったのですね」


 この街に霊薬がないとわかったエスクロは、


「じゃあ、リムニ様。あなたはもう用済みです」


 そう言いながらナイフを取り出すと、リムニ右手の平に乱暴に突き立てた。

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