第339話 探索不可能!?
実に半年ぶりに訪れるリムニ様の屋敷は、相変わらずの美しさ白亜の宮殿を思わせる荘厳な造りをしているが、これから中に潜入することと、降り注ぐ雨と相まって何だかラスボスがいる悪の根城のように見えた。
「…………いるな」
流石にここまで来ると、雨の中でも佇む見張りの姿が見え、俺は静かに近くの路地へと身を潜める。
「どうだ……いたか?」
「うん、残念ながらね」
俺はゆっくりとかぶりを振りながら、目を閉じてアラウンドサーチを使う。
そうして脳内に広がる索敵の波へと意識を集中させるが、反応があるのは屋敷の周辺にいると思われる数人の見張りだけで、他には何の反応も示さない。
「……おかしいな。やっぱり反応が少なすぎる」
屋敷を周回している警備の反応があるのだから、アラウンドサーチが発動していないわけじゃない。
「まさか、屋敷内に誰もいないという可能性は?」
「それはないと思うけど……」
シドが発した疑問に、俺はゆっくりとかぶりを振る。
ここに来るまで何度かアラウンドサーチを使って来たのだが、その時は家の中にいると思われる人の反応も見て取れた。
だが、邸宅と呼ばれる金持ちが住むエリアに入ってから、明らかにアラウンドサーチに映る反応が減ったことは事実だ。
街の中では反応があったのに、ここら辺りだけ反応が出ないということは、何かしら力を阻害されるような仕掛けが施されていたりするのだろうか。
そんなことを考えていると、
「もしかして、戸締りがしっかりしていると駄目なんじゃないのか?」
シドが一つの可能性を示唆する。
「ここら辺りだけ反応がないのだとすれば、建物の戸締りが原因だと思うのだがどうだろう?」
「どうって、そんなわけ……」
ない、とは言い切れないことに俺は気付く。
これまでアラウンドサーチには、いくつかの条件で上手く発動しないことがあった。
その条件は高さ制限だったり、階層制限だったりと、本当にちょっとの差で、全く利かなくなってしまうのだ。
だとすれば、戸締りがしっかりしているから、アラウンドサーチ範囲外になるというシドの考えは、案外的外れではないのかもしれない。
考えてみれば、この辺の建物はレンガや大理石のような重量級の建材で造られた建物が多く、一般庶民が住む地域に多く見られる木造の建物と比べれば、戸締りはかなりしっかりしていそうだ。
もしかしたら、壁の厚さによって索敵の波が届かないということがあるのかもしれない。
するとその時、近くの貴族の屋敷と思われる煉瓦造りの建物から扉が開く音が聞こえ、俺はすぐさまアラウンドサーチを発動させる。
そうして広がった索敵の波を見て、
「……どうやらシドの言った通りだ」
俺は深く溜息を吐きながら、小さく息を吐く。
「おそらくだけど、壁が厚過ぎると上手く索敵できないようなんだ」
「じゃあ、あの屋敷の中には……」
「俺たちを待ち構えている大量の敵がいると思う」
思わず俺は、苛立ちを紛らわすように親指の爪を噛む。
これは非常に由々しき事態だ。
もし、壁の厚さがアラウンドサーチの有効範囲に関与しているとすれば、屋敷の中に侵入しても、部屋によっては中の様子を伺えない可能性が高い。
それどころか、確実に中に入ってもアラウンドサーチは使えないと思っている。
何故なら、既に俺の能力が敵側にバレているのだ。
俺が相手の立場だったら、当然ながらそれを踏まえた対策を講じる。
そうなると、一度でも敵に見つかれば、逃げ場のない場所でどちらか全滅するまで戦う羽目になる。
これから訪れるであろう苦境を前に、俺は先んじてシドに謝罪する。
「……ゴメン、シド。今回、俺は役立たずだ」
「何だ。潜入する前から諦めるつもりか?」
「そんなことないよ」
シドから咎めるような視線を受けて、俺は真っ向から否定する。
「諦めるつもりは毛頭ないけど、頼られても困るから先に謝っておこうと思ってさ」
「何だそれ……」
俺の解答に、シドは思わず苦笑を漏らすが、その目は笑っていない。
たった二人だけのパーティの俺たちは、どちらか一人欠けた時点で終わりだ。
今まで安全に安全を重ねて挑んできたクエストに、今回初めてイニシアチブを握れない状態で挑むことになるのだ。
しかも、場所は全ての元凶と言っても過言ではないリムニ様の屋敷への潜入、ただでさえ難易度が高いのに、アラウンドサーチが使えなくなることで、その難易度は一気に跳ね上がる。
では、どうしたものかと考えていると、
「よし、それじゃあここはあたしの出番だな」
何か妙案を思いついたのか、シドが唇の端をニヤリと吊り上げながら笑う。
「こう見えても、潜入作戦はお手の物さ」
「……本当に?」
「ああ、任せろ。これでも昔は、城から抜け出すことにかけては、天才と呼ばれた身だ」
いや、城から抜け出すんじゃなくて潜入する方なんだけど……、
そんなことを思っている間に、シドは姿勢を低く保ったままリムニ様の屋敷へと突入していくので、
「あっ、ま、待って……」
置いていかれないように、俺は慌ててシドの後に続いた。
リムニ様の屋敷の裏口までたどり着いたシドは、慣れた手つきでピッキングをして裏口の鍵を開けると、ノブを回して音もなく扉を開ける。
「……よし、誰もいないな」
中は真っ暗で何も見えないが、獣人のシドは余裕で見えるのか、サッと中へと身を滑らせる。
「ほら、コーイチも早く来い」
「あ、ああ……」
ずっとアラウンドサーチに頼りきりだったので、不十分な索敵で行動するのは気が引けるのだが、ここでモタモタする方が危ないので、俺は勇気を出して扉の中へと飛び込む。
「…………ここは?」
「どうやらここは厨房のようだな。ほら、そこに大きな竈が四つもある」
そう言ってシドが何処かを指差すのだが、生憎と俺の目では何が何だかさっぱりだ。
まあ、潜入した場所が何処かなんてことは些細な問題だ。
「……ふぅ」
俺は大きく息を吐きながら、アラウンドサーチを発動させる。
「…………」
だが、脳内に広がる波には俺とシド以外の反応は出ず、さらには外の様子までわからなくなった。
やはり俺の読み通り、屋敷の中もアラウンドサーチで気配を読み取ることはできなさそうだ。
「……ゴメン、やっぱり駄目だ」
俺は謝罪の言葉を口にしながらシドへと顔を近づけると、周りに聞こえないように小声で話しかける。
「それで、これからどうするんだ?」
「ああ、とりあえずここから天井裏へと上がろう」
「天井裏?」
「ああ、こういうデカい屋敷は、音が周りに聞こえないようにそこかしこに空間があるんだ。そこに入れれば、探索はかなり楽になると思う」
殆ど息がかかるような距離で、八重歯を見せて得意気に笑うシドを見て、俺は深く頷く。
「……なるほど、流石は元、お城暮らしのお姫様だな」
「おい、やめてくれ……正直、あんまり姫と呼ばれるの慣れてないんだ」
そう言いながら照れたようにはにかむシドは、また一段と可愛いと思った。
そんな俺のニヤけた視線に気付いたのか、顔を赤く舌シドは唇を尖らせると、
「……ほら、とっとと行くぞ。あたしが先の上がるから、誰か来ないか見張っててくれよ」
そう言って風のように俺から距離を取って、天井裏に上がるためにガサゴソと何かを漁り始めた。
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