第338話 ユウキと勇気

「……とまあ、そういうことがあったのさ」


 雨脚が強くなり、一先ず近くの建物の陰に雨宿りにやって来た俺は、オヴェルク将軍から聞いた話をシドに話していた。


「そうか……」


 俺から話を聞いたシドは、俺の腕を掴むと、不満そうに口を尖らせる。


「それよりコーイチ……お前、やっぱり母様と話ししてたんじゃないか」

「ええっ!? でも、声は聞こえなかったし、会話って言っても一方通行でまともに会話として成り立っていなかったのだけど……」

「それでもズルい……だから今度、じっくりとその辺の話を聞かせてもらうからな」

「あ、ああ、わかったよ」


 まるで子供に戻ったように駄々をこねるシドに、俺は苦笑しながら今度じっくりとレド様の話をすることを約束した。



 そんなあからさまな死亡フラグにも近い約束を交わしながらも、俺の脳裏にはオヴェルク将軍から聞いた「ユウキ」という名前が脳裏にこびりついて離れなかった。


 イクスパニア人であるシドやオヴェルク将軍は気付かなかったようだが、地球人である俺にはユウキという名の人物に心当たりがあった。

 ユウキ……漢字で書くなら勇気となるその言葉は、勇ましい意気、物事に恐れない気概という意味であり、RPGなどの主人公では勇気ある者、勇者として呼ばれることが多々ある。

 そして、その言葉を英語で訳すと、こうなる。


 ――ブレイブ、と。


 この単語を聞いて真っ先に思い出すのは、自警団に所属する泰三の上司にして、親友の雄二を処刑するきっかけを作った男……ブレイブだ。


 初めて出会った時からいけ好かない奴だったが、何かある度に険のある態度で接して来て、特に俺がクラベリナさんとフランクに接していたからか、堂々を殺害予告までしてきた。


 その後も、ブレイブとの思い出を語れば碌な物が思いつかないが、極めつけは処刑場で再会した時の奴の態度だ。

 あの場にいた殆どの者が、ネームタグを失った俺のことを覚えていなかったが、ブレイブだけは覚えている感じだった。

 最初は気の所為かと思ったが、地下墓所カタコンベでジェイドが俺のことを覚えていたことから、間違いないだろう。


 どうしてあの二人だけが、俺のことを覚えていたのかは皆目見当もつかない。

 だが、あの二人が裏で繋がっている可能性は非常に高い。

 そして奴は、地下墓所でのキングリザードマン討伐には参加していなかった。

 クラベリナさんも参加していなかったようだから、自警団の別の任務に参加していたという可能性もあるかもしれないが、俺としては嫌な予感しかしない。


 そしてこの手の嫌な予感は、俺の経験上かなりの確率で当たる。

 もし、リムニ様の屋敷で奴と再び相まみえることがあるとすれば、雄二が死んだ原因を作った奴を前に、果たして冷静にいられるだろうか?


 ……こればかりは全く予想できない。


 ただ一つ言えるのは、ブレイブを完膚なきまで叩き潰し、殺す役目は誰にも譲りたくないということだ。

 すると、


「…………コーイチ」


 シドが声をかけながら手を伸ばして来て、俺の手を優しく包み込む。


「大丈夫か? 何だか怖い顔をしているぞ。それに、体に余計な力が入っている」

「えっ? あっ……」


 そう言われて俺は、いつの間にか手を血が滲むほど固く握りしめていたことに気付く。


「……どうやら気が付いていなかったようだな」


 シドは苦笑しながら胸元からハンカチを取り出すと、俺の手に優しく巻いてくれる。


「今更言うことではないかもしれないが……」

「腹が立ってしょうがない時こそクールに、だろ?」


 これはシドだけじゃなく、師匠であるオヴェルク将軍にも散々言われたことだ。

 戦場では、冷静さを失った者から死んでいく。

 まるで何処かで聞いたような謳い文句だが、この認識は世界を跨いでも共通しているようだ。

 冷静さを失った俺一人が勝手に死ぬのなら自己責任で済む話だが、今は相棒であるシドがいる。

 シドと一緒に生き延びるためにも、身勝手な行動は慎むべきだろう。


 俺は「ふぅ……」と大きく息を吐くと、心配そうに見ているシドの頬に手を伸ばし、彼女の温度を肌で感じながら笑顔を浮かべる。


「ありがとう。もう大丈夫」

「そうか……よかった」


 シドは微笑を浮かべると、自分の頬に当てられた俺の手に手を当ててスリスリと頬擦りしてくる。

 シドのスベスベとした滑らか肌と、揺れる度に僅かに当たるサラサラの髪の感触を心地よく思いながら、俺は彼女が隣にいてくれることに心から感謝する。


「さて……」


 頭が冷え、冷静に状況が見えるようになった俺は、どうやってリムニ様の屋敷に侵入するかを考える。

 雨はまだ降り続いているが、逆に考えれば、これのお蔭で視界が悪くなり、隠密で行動するにはうってつけの条件だ。。

 それに、どれだけ警備が厳しくとも、ソラに残された時間が限られている以上、逃げることも後回しにすることもできない。


 俺は改めてアラウンドサーチを使い、近くに誰もいないことを確認した後、


「……行こう」


 シドの目を見て、男らしく宣言する。


「どうして誰もいないのか気になるけど、俺たちには行く選択肢しかないからね」

「そうだな……それじゃあ裏口へと回ろう」


 シドは小さく頷きながら、潜入プランを話す。


「流石に正面から入るのはマズイ。せめて裏口から入って、後は出たとこ勝負でいこう」

「……確かにそれしかないな」


 不安だが、他に代案があるわけでもないので、俺はシドの提案に頷き、二人して雨空の下へと飛び出して行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る