第334話 助ける術は

「ふむ……これで一先ず大丈夫じゃろう」

「あ、ありがとうございます」


 俺はマーシェン先生に深々と頭を下げて俺を言いながら、ベッドで眠るソラを見やる。


 マーシェン先生によって処方された薬は、濃い緑色をしたドロドロの謎の液体だった。

 俺が外でよく拾っていた薬草や、聞かない方が身のためと言われた様々な原料を混ぜて作られた薬は、最も即効性の高い、活力を回復させる薬だということだった。


 良薬は口に苦しを体現したような、鼻につくツーンとした臭いがする液体を、ソラに飲ませるのは大分憚れたが、そこはシドが容赦なく意識が混濁しているソラの口に流し込んで無理矢理飲ませていた。

 ただ、その甲斐あって薬が効いたのか、今にも死にそうだったソラの顔色は幾分か落ち着き、血色も少し良くなったような気がする。


 どうやら峠は越えたようだ。


 眠っているのか、規則正しいリズムで上下するソラの胸を見て一息吐きながら、俺は心配そうに彼女の傍を離れようとしないミーファへと声をかける。


「ミーファ、ソラはもう大丈夫だよ」

「……ほんとう?」

「ああ、本当だ。マーシェン先生が、ソラに元気になるお薬をくれたからね」

「……うん」


 そう言って頷くミーファは、何だか少し元気がない。

 一体どうしたのかと思うと、ミーファは自分の目を擦りながら、大きな欠伸をする。


 そうか、眠いのか。


 考えてみれば、いつものミーファならとっくに寝ている時間なのに、ソラのことが心配でそれどころじゃなかったのだ。

 ソラの無事がわかった今、きっと起きているのは限界だろう。


 俺はミーファの頭を優しく撫でながら、諭すように話しかける。


「ミーファ、後はお兄ちゃんたちに任せて、眠っていいんだぞ?」

「…………ううん、ミーファ、ソラおねーちゃんといる」

「そうは言うけど、もう起きてるの辛いだろう」

「………………へーき」


 いやいやとかぶりを振るミーファだったが、限界間近なのは明白だった。

 だが、こう見えてかなり強情なミーファを説得するのはかなり難しい。

 どうしたものかと考えていると、


「じゃったら、ソラ様と一緒に寝たらどうじゃ?」


 マーシェン先生から助け舟が出る。


「今晩はもうそう大きな異変は起きまい。じゃから、一緒に寝ても問題あるまい」

「……だってさ。ミーファ、それならいいかい?」

「…………うん」


 ミーファは緩慢な動きで頷くと、モソモソとソラが眠るベッドに入る。

 そして、大好きな姉に寄り添うに抱きつくと、そのままスヤスヤと眠り始める。


「フフッ、おやすみ。ミーファ」


 俺は夢の世界へと旅立ったミーファの頭を優しく撫でると、マーシェン先生へと向き直る。


「マーシェン先生、何から何までありがとうございました」

「いや、問題ない。それに、さっきの話は嘘じゃからな」

「えっ……」


 驚く俺に、マーシェン先生はまさかの一言を告げる。


「今は応急処置をしたに過ぎん。このままでは、どの道長くは持たんぞ」




 せっかく眠ったミーファたちを起こさないようにするため、俺たちは隣の部屋へと移動した。


 隣の部屋は、普段は孤児院に住む子供たちの勉強部屋となっているのか、まるで学校の教室にように、木製の机と椅子が規則正しく並べられていた。

 異世界なのに、何処か日本を思い起こさせる風景を懐かしく思いながら、俺は後からやって来たマーシェン先生に話しかける。


「それで、さっきの話は本当ですか?」

「ソラ様のことか?」

「はい、ソラは……助からないのですか?」

「…………わからん」


 俺の質問に、マーシェン先生は困惑したようにゆっくりとかぶりを振る。


「先程も言ったと思うが、ソラ様は何かの力によって、生きる力を阻害されておるのじゃ。

普通ならこれで問題なく回復に向かうはずじゃが……」

「確信が持てない……ということですね?」


 俺の質問に、マーシェン先生は渋い顔をして頷く。


「一応、薬を与え続けることで延命処置をすることはできるが、それもやがて限界が来る」

「な、何とかならないのですか?」

「そうじゃな……解決方法は二つある」


 マーシェン先生は指を立てながら、その二つの方法を話す。


「一つは霊薬エリクサーと呼ばれる魔法の薬を飲ませること。噂では、その薬を口にすれば、死以外はどんな病や怪我もたちどころに治してしまうらしい」

「霊薬……ですか」

「知っておるのか?」

「はい……といっても持ってはいません」


 俺は下手な希望を抱かせないように、かぶりを振りながら諸手を上げる。


 しかし、ここでまさか霊薬の名を聞くとは思わなかった。

 俺たちが偶然手に入れた霊薬は、既に泰三の怪我を治すのに使ってしまったし、他に手に入れる術があるわけでもない。

 そんな雲を掴むような希望に縋るのは現実的ではないだろう。


 俺はもう一つの解決方法に賭けるため、マーシェン先生に続きを促す。


「それで、もう一つの方法とは?」

「うむ、それはソラ様を苦しめる大本を突き詰め、元を断つことじゃ。そうすれば自ずとソラ様の容体は回復へと向かうじゃろう」

「大本……」


 そう言われて思い当たるのは一つしかない。


「混沌なる者……」

「うん? どういうことじゃ。何故、そこで彼の者の名が出る」

「それは……」


 訝しむマーシェン先生に、俺はソラがレド様から引き継いだ力について、話していいものかどうかを考える。

 すると、


「コーイチ……」


 オヴェルク将軍が俺の方を見て、力強く頷いてくれる。


「何だったら、私が代わりに話すが?」

「いえ、大丈夫です」


 大切な家族であるソラの問題である以上、俺が説明したかった。


「実はですね……」


 俺はマーシェン先生とシドに、オヴェルク将軍から聞いたソラの秘密について話した。

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