第330話 仮面の中の素顔

「えっ、ええ!?」


 突如として現れた行商人に、俺は驚きで目を見開く。


「えっ、ど、どうして……だって師匠は?」

「先に言っておくが、私たちは同一人物でも、親戚でもなんでもないからな」

「あ、あれ? あれれ?」


 もしかしなくても、本当に行商人はマーシェン先生ではなかった?


「……ハッ!?」


 背中に突き刺さるような視線を感じて思わず後ろを振り返ると、シドがめちゃくちゃ呆れた顔で俺のことを見ていた。

 特に何か言葉を発しているわけではないが、言外にシドが何を言っているのか、手に取るようにわかる。


 ――この不始末、どう落とし前を付けてるんだ? と。


「あの……ええっと…………」


 俺は滝のように冷や汗を流しながら、どうしたものかと考える。

 すると、行商人が白い仮面のまま大きく嘆息する。


「やれやれ、コーイチよ」

「はい!」

「ここはひとまず私に任せろ。いいな?」

「は、はい……すみませんでした」


 俺が深く頭下げると、行商人はそんな俺の肩を気にしていないとポンポン、と軽く叩きながらマーシェン先生の前へと進み出る。


「マーシェン、悪いがあの子を診てくれないか?」

「……まあ、患者を見捨てるつもりはさらさらないが、それよりその格好はなんじゃ、お主、オヴェルクか?」

「ああ、そうだ。金は私が持つから、お願いできるだろうか?」

「……わかった。一刻を争うのだろう? 早く中へ運ぶがいい」

「頼む……」


 行商人はマーシェン先生に頭を下げた後、俺に向き直る。


「というわけだ。コーイチ。早くソラ嬢を……」

「わ、わかりました」


 俺は慌てて頷くと、ソラを抱くシドを伴って孤児院の中へと入っていった。




 どうやら俺の師匠である行商人は、オヴェルクという名前のようだ。


 診察室に入っていったマーシェン先生とソラ、そして、どうしてもソラから離れたくないというミーファを見送った俺は、部屋の前で堂々と仁王立ちする行商人を、何度かチラチラと見ていた。


 色々と聞きたいことがあったが、果たしてシドとミーファがいる前で聞いてみて良いものかと思っていると、


「お前……オヴェルクという名前だったのか?」


 シドが行商人に探るような視線を向けながら話しかける。


「あたしの知り合いに、あんたと同じ名前の人物がいるんだが……」

「それは、ノルン城で自由騎士の育成顧問をしていたオヴェルク将軍のことですか?」

「――っ!? 知っているのか?」

「知ってるも何も、私がそのオヴェルク将軍そのものですから」

「な、何だって!?」


 行商人の返答を聞いたシドが、驚きの声を上げる。


「そんなお前が……いつも行商に来ていたお前があのオヴェルク将軍なのか?」

「姫……私は既に将軍ではありません。今はしがない一人の商人です」

「……ということは、お前はあたしがわかるのか?」

「はい、存じております」


 そう言って行商人は、シドの前に跪く。


「挨拶が遅れたことをどうかお許しください。ただ、この街で獣人に与すると、色々と動き辛くなる故、断腸の想いで感情を殺しておりました」

「…………いい、あたしのことを覚えてくれていただけで十分だ」

「勿体なきお言葉……ご厚情痛み入ります」


 シドの言葉に、行商人は恭しく頭を下げる。


「…………」


 シドと行商人……いやオヴェルク将軍の主従関係を俺は呆然と眺める。

 ノルン城での二人の関係がどんなものだったのかは想像もつかないが、長い間すれ違い続けていた二人の関係が戻ったことは、非常に喜ばしいことだ。


 ただ、そうなると必然的に一人虜残されてしまうので、俺は会話に参加すべく、シドに質問をする。


「なあ、シド。ノルン城でのオヴェルク将軍はどんな感じだったんだ?」

「どう……」


 俺の質問に、シドは腕を組んで考え込んでしまう。

 あれ? 俺、そんな変な質問をしたかな? と思っていると、


「……コーイチ」


 答えに窮するシドを見兼ねたのか、オヴェルク将軍が俺に話しかけてくる。


「前に言ったかもしれないが、姫はレド様の後ばかり追いかけていて、私たちのような軍属とは殆ど接点はなかったよ」

「……そういえば」


 オヴェルク将軍から過去話を聞いた時、そのような話をしていたような気がする。

 でも、名前は知っているのに、ここまで見事に何も知らないというのも、流石にどうかと思ってしまう。

 三姉妹の長女として、獣人の集落のご意見番として、かなりしっかりとしているシドだが、ノルン城でお姫様をやっていた頃は、もしかしたらかなりの世間知らずの箱入り娘だったのかもしれない。


 …………それはそれで悪くないかもしれないな。


 豪華なドレスを身に纏い、ドレスの裾を掴んで優雅に一礼するシドの姿を想像していると、


「そういえば、私とコーイチも街中で普通に出会っているのだぞ」


 オヴェルク将軍がまさかの一言を告げる。


「……えっ? 俺、師匠と出会ったことあるのですか?」

「ああ、覚えていないか?」

「えっ?」


 そう言われて俺は、グランド街の街で出会った商人たちを思い浮かべてみるが、


「……すみません。わかりません」


 思い当たる人物が全くおらず、すぐさま手を上げて降参の意を示す。

 俺がよく利用していた商人の代表格といえば、初めて買い物をした青果店の店主だが、彼はごく普通の中年男性といった感じで、とても戦士には見えない。

 他にもよく行った酒場の店主や、宿のマスターなども思い浮かべてみたが、誰もがごく普通のザ・一般人といった感じで、とてもじゃないかが歴戦の猛者を思い起こさせるような風格はなかった。


「やれやれ……薄情な男だな」


 オヴェルク将軍は大袈裟にかぶりを振ると、白い仮面へと手をかける。

 まさか、仮面を外して素顔を晒すのか?


 そんな俺の期待を裏切ることなく、オヴェルク将軍はあっさりと白い仮面を外す。

 そして、


「んもう、このキャシーちゃんのことを忘れちゃうなんて、コーイチったら本当に行けない子だゾ」


 とアニメだったら目からハートが出てくるようなウインクをバチーン、と決めて来た。

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