第331話 目覚めた才覚?
「…………」
「…………」
突如として豹変した行商人、オヴェルク将軍の奇行に、俺とシドは揃って目を見開いて固まる。
そんな俺に、自分のことをキャシーちゃんと名乗った強面、禿頭のオヴェルク将軍は、両手を顎の下に当てながら、可愛らしく小首を傾げる……おい、やめろ!
「もしかして、本当に私のこと……忘れちゃった?」
「あっ、いえ……そんなこと……ないです」
俺はオヴェルク将軍から顔を逸らしながら、どうにか声を絞り出す。
この強烈な見た目とキャラ、忘れようにも忘れられるはずがなかった。
あれはグランドの街に来てまだ間もない頃、生活必需品を買いに行き、いくつかの店を回った時の一軒、宿の看板娘? だったソロから教わった衣料品店の店主がキャシーだった。
そのゴツイ見た目と、豪快を通り越して奇怪なキャラクターとは裏腹に、店で扱っていた品はどれも上質で、品揃えも衣料品店にしては非常に豊富だった。
今にして思えば、あの品揃えの豊富さは、地下に行商に行くために色々と取り揃えていた故のラインナップだったのではないだろうか?
考えれば考えるほど、あの衣料品店以外に地下まで行く商人はいないのだと思うのだが、俺に戦い方を教えてくれ、生きる術を教えてくれた心から尊敬する師匠が、まさか異世界に来て出会った中で、最も強烈なキャシーだったなんて……
「ああああああああああああぁぁぁ……」
その事実を認めたくない俺は、残酷な事実から目を背けるために、頭を抱えて強くかぶりを振りながら呻き声を上げる。
「あらあら~、そんな絶叫するほど嬉しかったのかしら?」
「いや、そんなわけないだろう」
再びコテン、と可愛らしく小首を傾げるオヴェルク将軍に、シドが鋭いツッコミを入れる。
「オヴェルク将軍、お前……そんな性格だったのか?」
「……いえいえ、ノルン城に務めていた頃は、鬼のオヴェルクと皆から恐れられておりました」
シドの前ではキャラクターを貫くつもりはないのか、巣に戻ったオヴェルク将軍は、禿頭の頭をペチンと叩いて笑う。
オヴェルク将軍によると、グランドの街に移住して商人に転職した時、その見た目の怖さも相まって、商売が全然上手くいかなかったそうだ。
幅広い人脈を持ち、良質な品揃えをしても商売が上手いかない理由が自分の見た目であることに気付いたオヴェルク将軍は、少しでも自分が怖くないことをアピールするため、お洒落に気を使い、口調も柔らかくしたという。
「そうして、少しずつ自分を変えていく中で気付いたのです。この姿こそ、私の本当の姿だって……」
「そ、そうか……」
「そうなんです」
引き攣った笑みを浮かべるシドに、オヴェルク将軍は可愛らしくウインクをしてみせる。
「だって私の顔を見ただけで、泣いておもらしをしてしまった姫が、こうして普通に話してくれるようになるくらい、私は変わったのですよ」
「――っ!? そ、その話はするな!」
シドは顔を真っ赤にしながら「ウフフ……」と乙女な笑い方をするオヴェルク将軍に食って掛かる。
「コ、ココ、コーイチの前で、そんな昔の恥部を晒すような真似するな」
「おやおや、コーイチに恥ずかしい話を聞かれたくないとは……もしかして姫は、コーイチにご執心なのですかな?」
「そ、そうだよ。悪いか!?」
「……いいえ」
顔を真っ赤にして怒るシドに、オヴェルク将軍は優し気な笑みを浮かべる。
「人間嫌いの姫が、まさか人間に恋する日が来るとは思いませんでした……そのことを知れば、レド様もきっとお喜びになるでしょう」
「……母様が?」
「ええ、レド様は人間と獣人の未来を常に想っておられましたから……その遺児である姫が人間と恋仲となるのは、きっと双方の未来にとって明るい材料となるでしょう」
「そ、そうか……」
穏やかな笑みを浮かべて喜ぶオヴェルク将軍を見て、シドは照れたように俺の方を見てくる。
頬を赤く染めるシドに見つめられ、俺の顔も自然と赤くなるが、
「…………」
感情に流されるな、と自分に言い聞かせるように強くかぶりを振る。
既にお互いの気持ちを確かめ合った俺とシドではあったが、まだ恋人になったと周囲に話したわけではないので、正式に付き合うのはひとまず保留となった。
どうしてそんなことを決めたのかというと、そうでもしないと、きっと俺たちは互いを求める欲望に勝てないと思ったからだ。
こんなことを言うと死亡フラグにしかならないのだが、ソラが倒れてしまい、獣人の集落の危機が迫っている以上、彼女と皆の無事を確保するまで、俺たちの関係は一度棚上げにすることにしたのだった。
だから、いくらオヴェルク将軍に認められても、今は惚気ている場合ではない。
俺は「んんっ」と咳払いを一つすると、表情を引き締めてシドを見る。
「シド、今は……」
「そうだな。ソラが苦しんでいるのに、あたしたちだけ浮かれている場合ではないよな」
俺たちは頷き合うと、シン、と静まり返っている診察室を見やる。
「そうね。今はソラ嬢の結果が出るのをおとなしく待ちましょ」
再びキャシーのキャラに戻ったオヴェルク将軍も、俺たちに倣って黙る。
大切な家族が、どうか助かりますように。
そう祈りながら、俺たちはマーシェン先生からの結果が出るのを待つことにした。
――そう思ったが、
「そういえば、コーイチよ」
顎に生えた無精髭を撫でながら、オヴェルク将軍が俺にとんでもないことを言う。
「確かお前は、ソラ嬢と恋仲になっていたんじゃなかったのか?」
「えっ?」
「最初に出会った時、お前を不審に思った私が脅した時、ソラ嬢が私と付き合っていると言っていただろう……まさかとは思うが」
オヴェルク将軍は顎を引きながら、三白眼で俺を睨む。
「ソラ嬢とは遊びだったとは言わないよな?」
「そ、そそ、そんなわけあるはずないじゃないですか!」
体感温度が一気に五度は下がったのでは? と思うほどの凄まじい圧力に、俺は必死に首を横に振りながら言い訳を述べる。
「ソラとの関係が遊びだったことは一度もありません。ソラは今でも、そしてこれからも俺にとって大事な人です」
「…………何だって?」
俺の発したその一言に、いち早く反応したのはシドだった。
「……コーイチ、どういうことだ? まさか、あたしとソラと二股かけるつもりか?」
「えっ? い、いやいやいや、そ、そうわけじゃなくて……」
しまった……今の言い回しだと、確かに二股をかけると宣言しているように取られかねない。
真顔で詰め寄ってくるシドに、俺は必死になって今の言葉が男女の関係ではない旨を必死に説明した。
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