第327話 抱き締めて、キスをして、そして……
「ちょ、ちょっと待って」
頬を赤く染め、上目遣いで見てくるシドの潤んだ瞳に、俺は口から心臓が飛び出すのかと思うほどドギマギしながらも、どうにか平静を装って応える。
「いきなりどうしたんだよ。シド。なんだか……らしくないぞ」
「らしくない……か」
俺の言葉に、シドは自嘲気味に薄く笑うと、俺の胸に顔を埋めながら話す。
「なあ、コーイチ。あたしって……もう女として魅力なくなったのかな?」
「な、何を言い出すんだ。そんなことあるわけないだろう」
「……本当に?」
シドは俺の胸を責めるように叩くと、目から涙をポロポロと零しながら叫ぶ。
「……だったら、どうしてあたしを見てくれないの?」
「えっ?」
「あたし、あの男たちに体をこれでもかと弄られたんだよ? どれだけ嫌だと泣いて叫んでも、奴等は喜ぶばかりで……そんな汚れた奴等に触られたから、コーイチはあたしに魅力を感じてくれなくなったんだ」
「そ、そんなこと……」
「あるよ! さっきも抱きしめてキスして欲しかったのに、してくれなかった!」
「だからそれは、泰三がいたから……」
「だったら、あいつがいなくなった後、ここに来るまでにしてくれてもいいじゃない。それなのに、どうして何もしてくれないの? あんなに怖い目にあったのに怖かったね、無事で良かったってどうして抱き締めて、キスしてくれないの?」
シドはそう言うと、
「ううっ……ひぐ、う、うわあああああああああああぁぁん!」
両手で自分の顔を覆って泣き始めてしまう。
「シド……」
言っていることは支離滅裂ではあるが、何となくシドの言いたいことはわかった。
要するに、シドは俺に慰めて欲しかったのだ。
散々毛嫌いしている人間の男たちに襲われ、貞操まで奪われそうなったことは、きっと想像を絶するほどの恐怖体験だったに違いない。
それなのに俺は、近くに泰三がいることの気恥ずかしさから、慰めてと迫るシドに対し、わざと距離を取るような真似をしてしまった。
きっとシドからすれば、それはとんでもない背信行為であり、その原因は自分が男たちに汚されてしまったからだと思い込んでしまったようだ。
……確かに俺は、女心というのをわかっていなかったようだ。
シドは俺なんかよりずっと強くて、誰よりも頼りになる存在だが、それは肉体の話であって、心は何処にでもいる普通の女生と変わらないのだ。
いや、何も女性に限った話じゃない。心が傷付けられたのなら、それを癒してもらいたいと願うのは、誰だって同じだ。
果たして今から間に合うのかどうか微妙なところではあるが、彼女の期待に応えてあげたい。
「シド……」
俺は泣きじゃくるシドの顔を両手で優しく包み込むと、
「ゴメン、シド。君の苦しみに気付いてあげられなくて……」
子供をあやすように彼女の頭を優しく撫でる。
「でも、もう大丈夫。これからは俺が君をずっと守るから」
「…………………………うん」
優しく、ゆっくりとシドの頭を撫で続けると、少しは落ち着いたのか、シドは泣き止んで俺の胸に体を預けてくる。
「それとシド……俺から見て、君はとても魅力的な女性だよ」
「ほ、本当に?」
「本当だ。だから、ずっと前から言いたかったことを言うよ」
俺はシドの頭を撫でている手を彼女の顎に、当ててクイッ、と上に押し上げる。
「シド……君が好きだよ」
そう言いながら、彼女の唇に自分の唇を重ねる。
「――っ!?」
突然のキスに驚き、身を固くするシドだったが、俺はこの程度で止まるつもりはない。
舌を使ってシドの唇をこじ開け、そのまま彼女の口の中に差し入れると、愛撫するように互いの舌を絡め合う。
「むぅ…………むむぅ……」
ディープキスは初めての経験なのか、最初は目を白黒させるシドだったが、やがておずおずと自ら舌を差し出し、俺の頭の後ろに手を回して情熱的に求め出す。
想いを共有した俺たちはもう止まらない。
互いを愛おしく思いながら、俺とシドは舌を複雑に絡ませる。
絡み合う舌が奏でる水音を心地よく思いながら、俺は抱いて欲しいと願うシドの期待に応えるため、もう殆ど露出している二つの双丘へと手を伸ばそうとする。
だが、
「ま、待って……」
胸へと伸ばした俺の手を、シドは遠慮がちに掴みながら、赤い顔で照れたように言う。
「その……ここじゃ、ダメ」
「えっ?」
まさかの一言に、俺は思わず素になって聞き返す。
「で、でも、さっきは抱いてって……まさか、あれは……」
「そ、そんなことない。あたしもコーイチのことがそ、その……す、すす、好きだし、抱かれたいと思ってる」
「じゃあ……」
「でも、ここじゃ嫌なの!」
シドはいやいやとかぶりを振りながら、周りを見渡す。
「だって、その……初めてがこんな下水道でなんて嫌なの。それに、あたし……さっき漏らしたから…………きっと臭いし」
「えっ、シド。お漏らししたの?」
「――っ!?」
思わずオウム返しに言ってしまってから、俺は「しまった」と口を押えるが、時すでに遅しだった。
シドの顔は羞恥でみるみる赤く染まり、唇は恥ずかしさなのか、怒りなのかわからないが、わなわなと震え、今にも感情が爆発しそうになっていた。
「あ、あの……シド……さん?」
下水道もずっと同じような臭いがしてたから、粗相をしたことなんて俺は気にしないよ? と余計なことを言いそうになったが、すんでのところで思いとどまり、どうやってシドを慰めようかと思っていると、
「コーイチ!」
「は、はい!」
怒ったようなシドの声が聞こえ、俺は思わず気を付けの姿勢を取る。
直立不動でいる俺に、赤い顔のシドが三白眼で睨みながら捲し立てる。
「今夜! ソラとミーファを寝かしつけてからコーイチの寝床に行くから、そしたらその…………もう一回、いい?」
「あっ、はい、わかり……ました」
迫力に圧され俺がカクカクと頷くの確認したシドは「約束したからな」と俺に指を突き付けると、肩をいからせて集落へ向かってズンズンと歩いていく。
「…………はぁ」
盛大なおあずけを喰らった俺は、盛大に溜息を吐きながら、あることを考えていた。
やっぱり女心は全く理解できない、と。
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