第326話 甘い誘惑
現れた泰三に、俺は隙を見せないように睨みながら質問する。
「誰かに俺たちを殺すように命令されて来たのか?」
「安心して下さい。僕はただ、話し合いに来ただけです」
「俺たちを散々嵌めておいて、信用しろというのか?」
「本当です。僕は戦う気なんてありません」
警戒する俺に、泰三は両手を広げて、自分が無手であることをアピールする。
「見て下さい。僕は今さっき投げた槍が手元にないので、武装すらしていません。ついでにここにいるのは僕一人です。何なら、確かめてもらって構いません」
「…………そのまま動くなよ」
泰三の言葉の真偽を確かめる為、俺はアラウンドサーチを発動する。
脳内に広がる索敵の波を確認するが、泰三の言う通りこの周辺には、俺たち以外には誰もいないようだ。
「……信用してくれますか?」
俺が目を見開くと同時に、泰三が口を開く。
「僕がここに来たのは、あなた達に忠告をするためです」
「忠告?」
「はい、非常に重要な話です」
泰三は両手を上げたまま、神妙な顔つきで重要な話とやらを告げる。
「明後日、自警団は獣人の集落を滅ぼすための大攻勢を仕掛けます」
「…………は?」
泰三の言葉の意味が分からず、俺は質の悪い冗談か何かと疑う。
「…………ハッ、ハハッ、な、何を言っているんだ。そんなわけ……」
「あるんです。彼等の口から直接聞きましたから、間違いありません」
俺の希望をあっさりと打ち砕くように、ハッキリと告げた泰三は、目を伏せて唇を噛み締める。
「……実は、この情報を僕が知ったのは、ついさっきだったんです」
「そりゃ、そういうことも……」
「違うんです!」
俺の言葉を遮るように叫んだ泰三は、自分の胸を掴むと、苦しそうに表情を歪める。
「僕だけが知らなかったんです。僕だけが……信用がなかったから」
「泰三……」
「だから僕は、信用を得るために、命を救ってくれたあの人を殺して、その見返りにこの情報を得たんです」
「あの人ってまさか……」
「はい、ココさんです。僕が自警団の皆に信頼を勝ち取るために、犠牲になってくれたんです」
どうやら泰三の事情を察した
ココさん一人を殺したことで、泰三の評価がひっくり返るような成果となるのか? と思うかもしれないが、ベアさんたち獣人の戦士たちの実力は、一角の冒険者であっても、そう簡単に倒せるとは思えない。
おそらく玄室での戦いは、かなりの苛烈を極めたのだろう。
たった四人の獣人の戦士たちを相手に、倍以上の人数の自警団と冒険者が手玉に取られ、数を減らし続ける。そんな中、颯爽と現れた泰三が、その中の一人の戦士を倒したとなれば、彼が一目置かれるようになっても不思議ではない。
「だから僕は、ココさんの想いに報いるためにも、この情報だけはあなたたちに伝えたかった」
「泰三……」
「だから、お願いがあります!」
「お願い?」
泰三はしっかりと頷くと、俺たちにここに来るまでに考えてきたというプランを話す。
「明日の夜、獣人の皆さんをこの街から脱出できるように手配しますから、あなたたち二人には、それを皆さんに伝えて欲しいんです」
「脱出させるって……どうやって」
「
「そ、そんな急に言われても……」
「じゃあ、自警団と徹底抗戦しますか? そんなことしても、あなたたちに何の得にもならない。最初の攻撃を防いだとしても、第二、第三の部隊が編制されるだけです。それとも、死ぬまで戦うことが美徳だとでも言うのですか?」
「そんなことない!」
死ぬことが美徳だなんて、ただの欺瞞だ。
どれだけ人から後ろ指を指されようとも、それこそ泥水を啜ってでも、生きている方がいいに決まっている。
ただ、今回は余りにも急だったから、頭の整理が上手く追いつかないのだ。
劣悪な環境とはいえ、あの監獄は俺にとっても大事な家だ。
それを捨てて他所に行けと言われても、何処に行けばいいかわからないし、体の弱いソラや、幼いミーファが何もない外での暮らしに順応できるかどうかもわからない。
でも、地下に残れば殺される。俺も、三姉妹も、皆も……、
「……お願いですから、僕の言う通りにして下さい」
逡巡する俺に、弱気な泰三とは思えないほど凛とした声でハッキリと告げる。
「僕の命に賭けて、獣人の皆さんは無事にこの街から送り届けてみせますから」
「……そんな勝手なことをして、お前は咎められないのか?」
「どうでしょう……ただ、今日の作戦は、団長の指示ではないことだけは確かですから」
「クラベリナさんは関与していないというのか?」
「はい、団長は絶対にそんな卑劣な作戦を良しとする人ではありません。だから、僕は自分の信じる道を行くまでです」
そう言った泰三は、壁に刺さった槍を引き抜くと「ではまた明日」一方的に告げて俺たちに背を向けて去って行った。
泰三が去った後、俺とシドは無言のまま、手を繋いで集落へと戻る道を歩いていた。
獣人の集落が襲われる。
その事実は、せっかく再会を果たした俺とシドのいい雰囲気を、完全にぶち壊してくれた。
これから俺たちは、集落に戻って皆にベアさんたちが死んでしまったことと、集落が襲われるから皆で脱出するかどうかの是非を問わなければならない。
全員の意見が一致してくれればいいが、こんな大きな問題がそう簡単に解決するとは思えない。
だが、如何せん時間がない。
荷物の整理とか、食料の確保とか色々な準備を考えると、今晩中には結論を出さなければならないだろう。
とにかく、今日中にやるべきことは数え切れないほどある。
本当なら、シドとさっきの続きを……何て甘い考えがあったが、どうやらそれは叶いそうにない。
それに、手を繋いで歩くシドは、どうしてか俺と距離を取ろうとするし、俯いて何も話してくれない。
もしかして、敵である泰三と話し込んでしまったのが気に入らなかったのだろうか。
……女心というのは全く分からない。
俺はせめてシドの機嫌が直ることを祈りながら、集落への道を急いだ。
「…………よいしょっ、と」
集落に戻った俺は、入口の鉄の扉の鍵をしっかりと閉め、一息つく。
後は上に戻り、どうやって皆に話を切り出すべきかを考えていると、
「コーイチ!」
これまで黙っていたシドがいきなり飛び付いてきて、俺の唇を自分の唇で強引に塞いでくる。
「――っ、うぐ、うむむ!」
まるで貪るように、奪うようなキスをしてくるシドに、俺は目を白黒させる。
き、気持ちは嬉しいのだが、とにかくこのままでは呼吸すらままならないので、どうにかシドと距離を取ろうとする。
「――っ、ぷはっ! ちょ、ちょっと待てシド……」
「…………やだ」
だが、シドは俺の背中に手を回し、ギュッと密着して放してくれそうにない。
一体全体、どうしたんだと思っていると、必死の形相のシドが顔を上げ、
「お願い……コーイチ。あたしを抱いて…………今、ここで」
いきなりとんでもないことを言い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます