第325話 救出、再会、そして……
顔を横一文字に切り裂かれた男は、何も言わずにどう、と横に倒れる。
「……しまったな」
男を殺したナイフを見て、俺は自分が失態を犯したことを知る。
怒りに任せて、相手の顔をナイフで切り裂いた時だろうか? ナイフの刃が、半分のところで折れてしまっていたのだ。
やはり刃物を使って相手を斬るというのは、非常に難しいようだ。
これでナイフでの射程距離は短くなってしまったが、逆に考えればまだ半分の刃は残っている。
俺のスキルは、得物の形状は問わずに発動するので、スキルを使う分には何の問題もない。
それに、武器なら何もナイフだけじゃない。
流石に重量がある斧を振り回して戦えるとは思えないので、俺は最期に殺した男が持っていた槍を手にし、
「う、動くな!」
すると、最後の男が切羽詰まった声で叫ぶのが聞こえる。
声のした方に顔を向けると、男がシドの首にナイフを突き付けた姿勢で、俺を睨んでいるのが見えた。
「お、お前……何なんだよ。聞いていた話と違うじゃないか?」
「…………」
「索敵能力と、背後からの攻撃が強力なだけの雑魚と聞いていたのに……あのキザ野郎、騙しやがったな」
ここにはいない誰かを罵る男の発言に、気になることがないといえば嘘になるが、今はとりあえず捨て置く。
「コ、コーイチ……」
俺は涙を浮かべているシドに向かって、力強く頷いてみせる。
「待ってろ。今、助ける!」
「うん、うん……」
涙を流しながら頷くシドに俺は安堵しながらも、血走った目で俺を見る男へと油断なく顔を向ける。
「……死にたくなかったら、今すぐ彼女を放せ」
「う、うるせぇ!」
男は羽交い締めにしているシドを引き寄せると、俺を挑発するように彼女の首筋を舐める。
「この女の命が惜しかったら、そこで俺がすることをおとなしく見ていろ!」
「…………ろよ」
「あっ?」
「やってみろ、と言ったんだ」
聞き返してくる男に、俺は血濡れたナイフで壁をガリガリと削りながら叫ぶ。
「俺の女に手を出してみろ。生まれて来たことを後悔してもし足りないぐらい、お前を殺し尽してやる!」
「ヒ、ヒイイィィ!」
俺の恫喝に、男は情けない悲鳴を上げながらシドを手放して、泡を食ったかのように逃げ出す。
その瞬間、
「――っ、あぎゃぐべっ!?」
走り出した男のこめかみ辺りに、何処からか飛来した槍が突き刺さり、奴の体がそのまま通路の壁にめり込むほど派手に吹き飛ぶ。
「なっ……」
突然の援護射撃に、一体何が起きたのかと思うが、
「コーイチ!」
それより早く、男の魔の手から解放されたシドが、俺に体ごとぶつかって来る。
「怖かった……怖かったよぉ……」
「シド……よかった」
服従の首輪を付けている所為か、いつもより控え目なシドの抱擁に、俺も彼女の背中に手を回して応える。
正直、四人の人間を殺してしまったという罪悪感がないわけでもないが、今は目の前の好きな女性を救えた喜びの方が圧倒的に勝っていた。
俺は自分が着ている
「待ってて。今、その首輪を外してやるから」
そう言って、シドの力を拘束する服従の首輪を外してやる。
一度外したことがある経験が活きたのか、今度はシドを苦しませることなく服従の首輪を外すことができた。
「よし、これで大丈夫だ」
俺は外した首輪を、二度と使われないように汚水が流れる水路へと投げ捨てる。
「コーイチ!」
すると、力を取り戻したシドが、全力で抱きついてくる。
「よかった……あたし、コーイチが死んじゃったと思って……」
「俺も死を覚悟したよ。でも、
「そうなんだ……それで、そいつは?」
「…………」
「そっか……」
俺がゆっくりとかぶりを振ると、シドはそれだけで察したように悲しそうに目を伏せる。
「あいつ、弱かったけど、最後にカッコイイところ見せたんだな」
「ああ、ノインの献身がなかったら、俺は確実に死んでいた。彼には……いくら感謝してもし足りないよ」
「うん、お蔭であたしも、こうしてコーイチに再会できたわけだしな」
そう言いながら、シドは俺の胸元に顔を埋めると、すりすりと頬擦りしてくる。
「……本当に、よかった」
シドは甘えた声でそう呟きながら、俺の存在を確かめるように匂いを嗅いでくる。
さらにパタパタと振っていた尻尾を、まるで二度と離れたくないと主張するように俺の腕に巻き付けてくるのが、何とも嬉しくて、くすぐったかった。
…………何だか、凄くいい雰囲気になってきた気がする。
甘えるように俺にしな垂れてくるシドは、殆ど服を着ていないも同然の格好なので、いつも以上に体の柔らかい肢体と、生きているという確かな温もりが感じられる。
「シド……」
俺が声をかけると、シドは熱っぽい瞳で俺を見上げてきたかと思うと、
「…………んっ」
何かを期待するようにそっと目を閉じる。
…………ううっ、めちゃくちゃキスしたい。
平時であれば、確実にシドの唇を塞ぎにいくのだが、生憎と今はそれどころじゃない。
俺は目を閉じているシドの肩に手を置くと、
「シド……残念ながら今はそういう場合じゃないみたいだ」
そう言いながら、彼女の体を俺から引き剥がすように離す。
「……コーイチ?」
悲しそうな顔で見上げてくるシドの唇に人差し指を当てながら、俺は彼方に向かって大声で叫ぶ。
「いるんだろ。出て来いよ!」
「…………すみません」
すると、闇の向こうから控え目な声と共に、何者かがやって来る
「その……別に覗き見するつもりはなかったのですが……」
「どうだかな……」
俺はシドを現れた人物から隠すように背後へ追いやると、油断なく折れたナイフを構えながら話しかける。
「それで、今度は一体何のようだ……泰三」
俺の声に反応するように、気まずそうに視線を逸らしている泰三が現れた。
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