第324話 殺人衝動
「……シド?」
闇の向こう側からシドの悲鳴が聞こえ、俺は声のした方へと駆け出す。
すると、
「いやあああああああ! 誰か……コーイチ、助けてえええええええええええええええええええぇぇ!!」
「シド!」
またしても聞こえたシドの悲鳴に、俺は全力で駆け出す。
アラウンドサーチを使って状況を確認している暇など無い。一刻も早く、声のする方へと向かわなければ手遅れになると本能が告げている。
この辺りの地理は、何度も通ったことがあるので暗闇でも迷うことはない。
俺はシドが逃げるであろうルートを想定して走る。
そうして、何度かの角を曲がった先で、
「いやあああああああああああぁぁぁ!」
男たちに組み伏せられているシドの姿を見つける。
シドの衣服は剥ぎ取られ、殆ど裸同然の姿になっているのを見た俺は、
「――っ、殺してやる!?」
腰からナイフを引き抜くと、男たちを殺すために姿勢を低くして駆け出す。
駆けながら、俺は怒りで自分の視界が赤く染まるのを自覚する。
心臓が飛び出しそうなほど早く脈を打ち、血が全身を物凄い勢いで駆け巡り、体が熱を持ってどんどん体温が上昇していく。
だが、体にどんな異変が起ころうとも関係ない。
目の前の男たちを殺す。
俺の意識は、その全てに集約されていた。
「……ん? お、お前は!」
足音に気付いたのか、一番近くにいた男が慌てたようにショートソードを構えるが、俺は冷静に腰から灰が入った小瓶を取り出し、男の顔目掛けて中身をぶちまける。
「――っ、目が!?」
灰によって目が潰された男が顔を伏せるのを確認した俺は、男の背後に周りながらそのまま背中へとナイフを全力で突き立てる。
「ぐがあああああああああああぁぁっ……ガボッ!」
一瞬で肺まで潰された男に、叫び声を上げられてしまったが構わない。
何故なら、
「お、おい! どうしてこいつが生きているんだ」
「構うことはない。殺せ!」
男たちの注意が俺へと向けられるからだ。
「気を付けろ! あの男に背後を取られたら、一瞬で殺されるぞ」
どうやら俺のスキルの情報まで奴等には筒抜けのようだ。
だが、それが何だというのだ。
伊達に今日まで、行商人から人を殺す術を教わってきたのではない。
俺は最初に殺した男の手からショートソードを奪い取ると、駆けてくる男たちの足元へ、ポーチから取り出した物を放る。
「ハッ、何をやってるんだよ!」
俺の行動の意図が読めないのか、男は手にした斧で俺を両断しようと突撃してくる。
だが、
「あだだっ、な、何だこれ!」
俺が撒いた鉄製のまきびしを踏んだ男が、足の裏を怪我したのか、慌てたように飛び退きながらたたらを踏む。
そんな隙を晒す男を見て、俺はショートソードを手に一気呵成に前へと出る。
だが、剣術の心得がない俺がショートソードで斬りかかっても、男を倒せることはないだろう。
何故なら、人を斬るというのは、思いのほか高い技量が要求されるからだ。
故に、俺は弓を引き絞るように腕を引き、
「ハッ!」
男の胸元目掛けて、突きを繰り出す。
これなら技量も何もいらない。必要なのは単純に力だけだ。
骨に当たらないように、刃を水平にして繰り出した突きは、狙い違わず男の脇腹へと突き刺さる。
「うごぶぅぐっ!?」
深々と剣を突き刺された男は、苦悶の表情を浮かべて刺されたショートソードを掴む。
ここで、焦ってショートソードを引き抜きにかかろうとしてはいけない。
無理にでもショートソードを男の腹から抜こうとすれば、奴の接近を許すことになり、奴が最後の力を振り絞って襲い掛かってくるかもしれないし、もしかしたら倒した奴が俺の上にのしかかって、移動を制限されるかもしれない。
ならばと、俺はあっさりとショートソードから手を離すと、ナイフを振りかぶって男の眼窩にナイフを突き立てる。
「あぎゃあああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!」
目を貫かれた男は、絶叫しながら暴れるので、俺は脇腹に刺さったショートソードを掴むと、男の腹を蹴り飛ばしてショートソードを引き抜く。
相手に刺さった武器は、自分に寄せるように抜くのではなく、突き飛ばす勢いを利用して抜くのが正解だ。
蹴り飛ばされて倒れた男に歩み寄った俺は、ショートソードを奴の喉に突き刺して止めを刺す。
「あぎゃっ…………ぐべ……」
男が完全に動かなくなったのを確認した後、俺は奴の目に刺さったナイフを抜き、次の男へと目を向ける。
「…………クソ、よくもやってくれたな!」
今度の男は、中距離武器の槍を持つ男だ。
ここまで俺の手を見ている男には、これまでの策は通じないだろう。
だから俺は、どうせ碌に使えないショートソードを、奴に向かって思いっきり投げる。
「――んなっ!?」
突然の攻撃に、男は面食らったように目を見開くが、
「はああぁ……」
冷静に槍を振って、俺が投げたショートソードを叩き落す。
「ハッ、舐めるなよ!」
奇襲を防いだ男は、余裕の笑みを浮かべてみせるが、当然ながらそれも織り込み済みだ。
俺は自分が着ているフード付きの
「クッ……だが!」
視界一杯に広がる外套に向かって男が槍を突き出す。
外套をブラインド代わりにして、俺が攻めて来るだろうと踏んでの攻撃だろうが、そんな危険な橋を、実力もない俺が渡るはずがない。
男が繰り出した突きは見事に外套を貫いていたが、その隙に俺は男と距離を取り、二人目の男が持っていた斧を拾っていた。
「シッ!」
斧を拾った俺は、すかさず斧を男に向かって投げる。
回転しながら放物線を描いて飛んだ斧は、渾身の槍を突き出した姿勢で固まる男の股間へと、クリーンヒットする。
「〇△□×!? …………」
残念ながら当たったのは刃の方ではなくて柄の方であったが、ここに攻撃を受けて、まともに立っていられる男などまずいない。
「……ま、待った。お願い、助けて…………」
事実、さっきまでの威勢は何処へ行ったのか、男は蹲り、股間を押さえながら涙ながらに命乞いをしてくる。
だが、だから何だというのだ。
シドを泣かせた罪は、その程度では当然償えるはずがない。
男へと近づいた俺は、血塗られたナイフを構えると、
「…………死ね」
奴の顔へとナイフを突き立て、二度と口が利けないように容赦なく切り裂いた。
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