第323話 襲われる華

「はぁ……はぁ……クソッ、これさえなければ……」


 下水道内の狭く、足場の悪い通路をかけながら、シドは恨めし気に自分の首についている服従の首輪へと手を伸ばす。

 その瞬間、


「きゃん!?」


 電撃が走ったかのような痛みが指先に走り、シドは可愛らしい悲鳴を上げながら堪らず首輪から手を離す。


「クソッ、どうしてだよ!」


 シドはまるで火傷したように赤く腫れている指を舐めると、服従の首輪を外すのを諦めて走り出す。

 その途端、


「あだっ!?」


 通路の先の頭上が一段低くなっていることに気付かず、シドは強かに頭を打ち付ける。

 服従の首輪には、獣人の力を抑えつけるだけでなく、自分では絶対に外せない強力な呪いがかかっており、その所為でシドは力を抑えつけられるだけでなく、本来なら利くはずの夜目にまで制限がかかっていた。


「聞こえたか?」

「ああ、こっちにいるぞ!」

「――っ!?」


 自分を追いかけている男たちの声が聞こえ、シドは慌ててその場から逃げ出す。


「……どうしてだよ」


 いつもなら全力で駆け抜けられる下水道内を、シドは転ばないように注意しながら、溢れてきた涙を乱暴に拭う。


 せっかくキングリザードマンという脅威を払ったと思ったのに、警戒していたはずの人間たちの策略に、まんまと嵌ってしまった。

 しかも、ベアたちが命を賭してまで救ってくれた獣人たちの希望となる自由騎士、浩一を見捨てて自分だけ逃げ出してしまった。

 これでは奴等から逃げ切ったとしても、自由騎士という希望を失った獣人たちの未来は、閉ざされたも同然だった。


 だが、獣人の未来のことは、この際どうでもよかった。


 浩一を見殺しにしてしまった。

 いつも隣にいるのが当たり前で、いつからか安心して背中を預けられるほど大きな存在となっていた浩一……。

 そんな大切な相棒を、我が身かわいさに見捨ててしまったことを、シドは激しく自分を責め続けていた。


 あの男たちが自分を追ってきているということは、おそらく浩一はもう殺されてしまったのだろう。

 人間が大嫌いの自分が初めて気を許し、そして初めて……、

 その事実に気付き、思わず頬を赤く染めるシドだったが、


「おらぁ、捕まえたぞ!」


 感傷に浸っていた所為で周囲への配慮が疎かになっていたのか、角を曲がった先に潜んでいた男に捕まえられてしまう。


「ヘヘッ、散々手こずらせやがって!」


 男はシドの後ろでまとめている長い髪を引っ張って、彼女の体を下水道の床へと叩き付け、さらに腹部を思いっきり踏みつける。


「――っ、がはっ!?」


 男の足によって地面に縫い付けられたシドは、堪らず肺の中の空気を吐き出す。


「クッ、この……」


 それでも諦めず、拘束から逃れようとシドは腹部に乗る男の足へと手を伸ばして力を籠める。

 だが、普段なら軽々と持ち上げられるはずの男の足は、シドがいくら力を籠めてもピクリとも動かない。


「ハハッ、無駄だぜ」


 必死に足掻くシドを、男は嘲笑しながら再び足を振り上げる。


「服従の首輪を付けた獣人なんて、そこら辺のメスと何も変わらないのだからな!」

「あぐっ!? ゲホッ……ゲホッ」

「ハッハッー! いいな、もっと悲鳴を聞かせてくれよ!」


 苦しそうに呻くシドを見て、男は嗜虐的な笑みを浮かべてさらに腹部への攻撃を仕掛ける。


「うぐっ……ぐっ!」


 執拗な腹部への攻撃にシドは必死に防御姿勢を取るが、それでも完全に防ぐことは難しく、男が足を振り下ろす度に、彼女の体がくの字に折れ曲がる。


「おっ、やってるな」


 そこへ、二人目の男が現れ、いきなりシドの顔を蹴り飛ばす。


「キャアッ!」

「う~ん、いいね。乱暴な獣にしてはいい声で鳴くじゃないか。こりゃあ、切り刻んだらどんな声で鳴くか見ものだねぇ……」

「ヒッ!?」


 人を傷付けて悦ぶという常軌を逸した趣味を持つ男の登場に、シドの顔から血の気が引く。


「おいおい、ビビっちまってるじゃないか」


 青い顔をして怯えたように震えるシドを見て、男たちの顔が醜悪に歪む。


「……まあ、これから起こることを思えば、この程度でビビってたら身が持たないぜ」

「そうそう、まあ、先ずはその体を愉しませてもらうとするか」

「い、いや……来ないで」


 シドはいやいやとかぶりを振りながら、男たちから逃げようとする。

 だが、恐怖で腰がが抜けてしまい、竦んだ足はまともに動いてくれず、逃げたくとも後ろに後退りするのが関の山だった。


 しかし、そんな怯えた姿を晒してしまうのは、男たちの嗜虐趣味を煽るだけで、逆効果だった。

 さらに、


「おい、見ろよ。この女、失禁しやがったぜ」

「汚ぇな。獣人は下半身のだらしなさも、そこらの獣と同じかよ」

「ひっ、ひぐっ……えぐっ……」


 恐怖から粗相をしてしまったことを指摘されたシドは、自分を恥じるように顔を隠しながら泣き出してしまう。


「ヘヘッ、さあ俺たちと遊ぼうぜ」


 男の一人が舌なめずりをしながら、泣きじゃくるシドへと手を伸ばすと、


「おらぁ!」


 シドが着ているノースリーブの上着を、力任せに引きちぎる。


「――っ、いやあああああああああああああああああああああぁぁ!?」


 シドは露わになった胸元を、慌てて両手で隠すが、


「ハハッ、獣の癖にいい体してるじゃねぇか!」

「こいつは楽しめそうだぜ」


 そんな彼女に、二人の男たちは容赦なく襲いかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る